ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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旅のしくみ
サルの実験である動作をしているときに興奮する神経細胞があった。
ところが、この動作を見ているだけのサルもおなじ神経細胞が興奮した。
これはミラーニューロンと名づけられている。
この発見は非常に重要なことだと考えられている。
人が共感するということは、このミラーニューロンのせいだ。
もし、このミラーニューロンに欠陥があればどうなるか。
他人の感情が理解できない人というのは、そのためではないか。
自閉症との関連も当然考えられる。

ヒトは複雑である。
もちろん、微生物だって十分に複雑なのだ。

いろんな形の生命がありそれらすべてで地球生態系を構成している。
そう思えば、自分という存在がいかにちっぽけなものなのかがわかる。
しかしながら、ちいさいと重要とは比例関係にはない。
おおきいと大切も正比例しない。
「人の命は地球よりも重い」という比喩は偏っている。
もちろん、他の生命体を軽んじているのではないのだろう。
だから「すべての生物の命は地球よりも重い」の含意があるのだろう。

3099赤トンボ

ヒトもクジラもウシもゴキブリもおなじように生物である。
好きだとか嫌いだとかとはちがう物差しをもちたい。
しかし、ものごとはそう単純には割り切れない。
ヒトの行動原則の根本にあるのは、好きか嫌いかだという。
嫌うことを嫌ってはいけない。
好きだということのすべては生きるための指針だ。
単純化すれば、食べられるものは好きで、毒は嫌いだということになる。

しかしである、人は嫌いな理由をいろいろと考えだす。
その最たるものは、生理的に受けつけない。
なるほど、差別しているのではないといいたいのだろう。
どういう生理学的な変化によるという説明はない。
生理的つまり生得的なものなのだからしかたがない。
主義や心情ではないですよ、アプリオリなんだからということらしい。

そう考えることにより自己防御のバリアをきずく。
うすうす、根拠が弱いなとも感じているのかもしれない。
嫌いだから嫌いだ、という人を軽蔑している。
軽蔑しながら、羨ましい気持ちが捨てきれない。
好きだから好きだ、ならいえそうな気がする。
嫌いはなぜ言えないんだろう。

「他人を嫌ってはいけません」と教えられた。
これはドグマ(教条)としてこころの底に潜んでいる。
だから嫌ってはいないんだ。
生理的だからしかたがないでしょ、ということになるらしい。
人生(哲学)は疑うことからはじまる。
疑うことをおそれてはいけない。
なにかをしないでいるということを恐れなければならない。

ドグマが蔓延すれば教条主義になる。
そのドグマを疑え、と学んだ。
疑うというのが嫌なら、それが正しいのか道筋をたどりながら考える。
やっぱり正しいとなれば、どれだけすっきりすることだろう。
こころが清々するのではないか。
そんなところから人生の旅をはじめてみる、のはどうか。

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遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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