ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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旅のこころ
クライド・クラックホーンの著書に「人間の鏡」がある。
アメリカ人だから、人類学ではなく文化人類学である。
他人を見るとき、そこにはある意味自己が投影されているといわれる。
「ひとの振り見て我が振り直せ」ということである。
あなたが誰かを嫌うと、相手もあなたを嫌う。
そのまた逆も真なり、という。
もちろん、なんにでも例外はあるということを忘れてはいけない。

文明と文化はちがう。
なにがちがうのか、案外よくわかっていなかったりする。
エジプト文明、インダス文明などある。
アメリカ文化、ヨーロッパ文化などという使い方をする。
文化には高尚なものという意味はない。
文化は行動様式のことだと社会学で習った記憶がある。
文化は多様で正しいとかはないと、いまでもなぜかよく憶えている。
キモノを着る、下駄をはく、箸をつかう、トイレの後紙でふく、これらすべてが文化である。

横道にそれるが、文化住宅というものがあった。
つまりアパートメント、集合住宅なのだがちょっと高級感をあたえていた。
フランス語ならアパルトマンになる。

ことばはすぐに錆びる。
で、別のもっと活きのいいものに取り替える。
これでしばらくは安泰だ。

そういえば、「旅行」と「旅」ということばがある。
どちらもおなじような意味だと思うが、ニュアンスが異なるらしい。
団体であるいはパックツアーは「旅行」。
ひとりで、あるいは少人数で予定も決めないでするのが「旅」だとか。
だから、「団体旅行」はあるが「団体旅」はない。
「ひとり旅」とはいうが「ひとり旅行」とは言わない。
どちらでもいいと思うが、こだわってもかまわないんじゃないか。
考えているうちに、なにか閃くものがあるかもしれない。

「ひとり旅行」って、なかなかいい感じがする。
これからの時代「ふたり旅」なんてのもあるのかなあと夢想する。
「ことば」は時代とともに変遷する。
移ろいやすいのは人の世の常でもある。

N8009西門紅楼

ひとりとふたり、ヒトはいつも交差する。

  二人デ居タレドマダ淋シ、
  一人ニナツタラナホ淋シ、
  シンジツ二人ハ遣瀬(やるせ)ナシ、
  シンジツ一人ハ堪ヘガタシ。

詩集「白金之獨樂」の最後のほうにある「他ト我」である。
旅をするなかで、ひとり空を山を島をながめているときがある。
するとこの白秋の詩がうかんでくる。
ときどき、この二人と一人がどっちがどうだったかわからなくなる。

わたしの感覚は、一人より二人のほうが遣瀬ないし堪えがたいのではないかという。
それがまたわたしの孤独をきわだたせている。

一人という概念は、二人以上いなければ成り立たない。
つまり、一人しかいなければ「ひとりっきり」なんて意味がないのだ。

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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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