ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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引越し準備で読書
いままでに引越しはなんどか経験している。まず本をダンボールに詰めこむ作業からはじまる。この
機会にできるだけジャンルをあるいは著者をそろえてと考える。ほこりを払い書名を見る。これはあ
のときあそこで買った、と思いだす。そのころ、あんなことがあったなと懐かしい。ちいさな紙片が
はさんである。付箋がまだなかったころだ。なぜここに紙片がとすこし読んでみる。わからなかった
ら、わからないでいい。ヒトの考えることなんてそういうことだ。そうか、この記述に反応したのだ
なとわかれば、すなおにうれしいしそのときの感慨がよみがえったりする。ただ、そのときもそう感
じたのかどうかよくわからない。そんな気がするという程度だろう。記憶なんてそんなものだ。視野
の片隅の色にはっとする。あの本じゃないのか。やっぱりそうだ。このうれしさは離れ離れになった
恋人に再会するときの喜びに似ているのかどうか、わからないけどジーンとこころ震えるのである。

N7941空をゆく

「南京事件 増補版」 秦郁彦 中公新書 ★★★★
南京事件は、まぼろしだとか大虐殺だと喧々諤々の議論がいまも続いている。
『どうやら「まぼろし」とはゼロではなく、数千人の幅までふくむ概念らしいと推測されてくるが、
「大虐殺」の概念の方もやはり問題がありそうだ。呼称の由来を当たってみると、事件を最初に報道
した英人記者のティンバーリーは“Japanese Terror”(訳語は「日本軍の暴行」)と表現しているが、
一般的には「南京アトローシティ」が使われたらしい。』
では、アトローシティという英語はどんな意味をもつのか。
『英和辞典を調べてみると、「アトローシティ」(atrocity)という英語は広く残虐行為を意味し、
虐殺と同義ではない。虐殺にはmassacreという、より適切な英語があり、西洋史では「セント・バー
ソロミューの虐殺」や、アメリカ独立戦争の発端となった「ボストンの虐殺」(Boston Massacre)が
著名だが、後者で殺されたのはわずか数名である。第二次世界大戦では数百万人のユダヤ人をガス室
に送った「アウシュビッツの虐殺」や数千人のポーランド人青年将校を集団殺害した「カチンの森の
虐殺」が知られている。
 してみると、“虐殺”は、殺された人数の多少よりも、事件全体の性格、とくに組織性・計画性に
関わる概念らしいと見当がつく。』
このように、政治的な立場のちがいによって言葉がえらばれているようだ。しかしどのような言葉で
語られようとも南京事件はあったのである。日本人としてはこころしておかなければならない。では
実際にはどのようなことがあったのか。本書では数々の資料を提示して事件の全貌を明らかにしよう
としている。そのなかに、石川達三の特派員として従軍経験による小説がとりあげられている。もち
ろん当時は検閲制度があり発禁処分を受けている。書名を「生きている兵隊」という。
『「生きている兵隊」は題名どおり、戦場における兵士たちの行動と心理を虚飾なしに描き出してい
る。母親の死体を抱いて泣き叫ぶ娘を「うるさい」と刺し殺した元校正係の平尾一等兵、それを「勿
体ねえことしやがるなあ、ほんとに」とからかい、捕虜の試し斬りの熱中する農村青年の笠原伍長、
ジュズを巻いた手でシャベルをふるい敗残兵をなぐり殺す片山従軍僧、女を射って憲兵に捕まるが、
釈放される医学士の近藤一等兵……いずれも、歴戦の勇者であり、生き残りである。そして平常心を
取り戻せば、平凡な市井の青年たちにすぎない、と作者は暗示していた。
 その彼らを一様に略奪、強姦、放火、殺傷にかりたてた契機が何であったかについて、作者は直接
には答えていないが、十分な補給と納得の行く大義名分を与えられずに転戦苦闘すれば、兵士たちの
心情が夜盗なみのレベルまで荒廃して行くものだ、と訴えているようにもとれる。
 また勇敢、温情の西沢連隊長が、「数千の捕虜をみなごろしにするだけの決断を持っていた」とか、
南京城内の掃討戦で「本当の兵隊だけを処分することは次第に困難になって来た」とか、さりげない
表現ながら、兵士たちの暴行が、軍上層の黙認ないし奨励のもとに成りたっていたことを示唆してい
る。これだけの目配りを利かせた第一級の作品が、軍隊とは無縁だった若い作家によって、しかもわ
ずか一週間の見聞で完成したことに驚嘆するが、「生きている兵隊」を闇に葬った内務省警保局は、
日本軍の非行を国民の目と耳から封じようと、きびしい監視の目を光らせていた。』
南京事件はどういうことだったのかと考える人は是非本書を読んでいただきたい。そして自らが考え
てみるしかないと思う。戦後のアメリカ軍による解放もなにを意味していたのか。マスコミももうい
ちど原点にもどる必要があるのかもしれない。
『敗戦の日まで、国策に沿った報道しかやってこなかったマスコミは、今度は占領政策伝達のための
拡声器に早変りする。用紙不足で粗悪な紙質の二ページ建てがやっとだった新聞は、GHQの指示で
貴重な紙面の半ば近くを東京裁判の報道に費していた。知的飢餓感を満すのに忙しかった国民は、そ
れが政治裁判のために設定されたキャンペーンであることに、さして注意を払わなかった。天皇制の
下で軍閥を核として財閥・官僚・言論人・右翼が協力して侵略戦争を遂行したという構図は、「被害
者」である国民に一種の免罪符を与えたからでもある。
 戦前の日本には民主主義は育たず、軍国主義と封建主義が支配していたと説くE・H・ノーマンの
訳書が爆発的に売れ、戦前期指導者の矮小性をついた丸山真男が学界のヒーローになった。日本の非
軍事化と民主化を占領目的としたアメリカにとって、こうした知的マゾヒズムの潮流は好ましい傾向
であったろう。』
いまなら「戦争は反対だ」ということはたやすい。だが、あの時代の空気のなかにいたら自分はどう
していただろうな、と思うのだ。ものごとは疑問を持つところから始めるしかない。そのためには、
知れることはまず知る。知ってからのこともおおいのではないか。

「義経の東アジア」 小島毅 勉誠出版 ★★★★
義経は平均的日本人にとってはヒーローである。その点については巷間いろいろと意見もある。それ
はそれでいいと小島氏はいうが、義経を日本史のなかだけで語るのが不満だという。それが書名にも
あらわれている。大河ドラマなどでは義経はいかにも正義の味方のように描かれている。そうなのか。
史実ひとつをとってみてもそうではないだろう、という。例えば以下のようなこと。
『武士の間では、騎士同士の一騎打ちで相手の馬を射るのは卑怯な行為とされていた。それと同様に
海戦での船の漕ぎ手は非戦闘員であって、武装もしていなかった。形勢不利と見た義経は、この禁じ
手を部下に命じたのである。平家の水軍は漕ぎ手を失い、波に翻弄されて源氏の船団に包囲されてし
まう。
 漕ぎ手への攻撃が平家の他の非戦闘員たちに与えた心理的影響ははかりしれない。文明的戦争のル
ールさえ知らない――知っていても無視する――恐ろしい野蛮人たち。生きて囚われの身になったら
どんな凌辱を受けるやもしれない。時子をはじめとして多くの女性たちが波間に沈んでいったのも、
当然であろう。』
勝つためには手段を選ばない義経。それとも、戦争のルールを知らない、あるいは知っていても守る
気もない、ということなのだろうか。そういった論点満載で、ふつうの歴史本にはないおもしろさが
本書にはある。「武士道」についてもこうおっしゃる。
『江戸時代の「武士道」とは、戦闘要員としてこそ存在意義を持っていた武士が、江戸幕藩体制とい
う恒久平和のもとで、心ならずも(?)いくさをしないでよくなってしまったがために、戦争実践の
代替物として編み出して自己の存在証明とした理論的産物だった。武士道があったから徳川三百年の
平和が実現したのではない。平和になってしまったから武士道が必要になったのだ。』
こういうところも好きだなあ。武士道はフィクションというかファンタジーなんでしょう。

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遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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