ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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大教室で読書
大学の一般教養の授業はそれこそ大教室でおこなわれる。いちばん遠くの席からは教授の姿もちいさ
くしか見えない。おとなしく静かにしていればたいていの先生はなにも言わない。それをいいことに
自分の読みたい本をその席で読んでいることがよくあった。ときどき授業の話も聞く。やっぱり興味
がもてないや。また手元の本にもどってゆっくりと感情移入の世界にはいりこんでいく。読みながら
もあれこれ考えているのだ。バイトのこと奨学金の支給日まであと幾日あるのかとか。そろそろ、ど
こかに行きたいな。旅の資金はなんとかなるのだろうか。不思議と勉強のことは考えなかったように
思う。日々生きること、読書することが人生における勉強ではないかと、強弁的に理屈づける。そう
考えることの姑息さを知りながらもそうせざるを得ない自分に嫌気がさす。旅は逃避ではない、とは
言えない。学校からも社会からも自由からさえも逃避したくなる自己を意識し続ける日々だった。

N8394ひこうき雲

「靖国史観」 小島毅 ちくま新書 ★★★★
中国と韓国がいつも政治的にとりあげてくる靖国問題とはなんだろうか。これを小島教授に解説して
いただこう。まずはこうだ。
『「靖国神社の思想的根拠は(神道というよりは)儒教にある」。これが私の学説である。』
えっと思われる方は案外多いのではないか。では、どういうことなんでしょうか。
『私は靖国問題とはすぐれて国内的な問題だと考えている。このことがどこまできちんと認識されて
いるのか心許ないが、靖国神社は「日本国のために心ならずも戦場で散った人たちを追悼する施設」
なのではない。あくまでも「天皇のためにみずから進んで死んでいった戦士を顕彰する施設」なので
ある。ここには「朝敵」は祭られないので、戊辰戦争や西南戦争の「賊軍」側の戦死者は対象になら
ないのだ。「英霊」とは「官軍」の従軍者にかぎられるのである。』
これでまた、えっと思うのだ。そうなんですか。ほんとうにという思いが残る。では、順に小島氏の
学説をとどっていこう。まずそのまえに、戦時中によくでてくるキーワードに「国体」ということば
がある。笑い話のようだが、大学入試にこの手の問題がでてくると相当程度に国民体育大会のことと
いう答えがでてくる。もちろんそうではない。国体とは「日本に神代から続く不変の政治秩序」のこ
とである。戦時中なら常識である。共産党が作り上げた左翼用語なら「天皇制」がこれに相当するの
だが、これはなにを意味しているのか。この思想的起源は水戸藩の国家的プロジェクトである「大日
本史」に端を発する。この編纂は百年以上にもわたった。その編纂にもかかわった会沢正志斎が「新
論」で国体の本義を述べている。
『したがって、彼の国体論のなかで肝心なのは、その政治体制が天皇を頂点にいただいているか否か
という狭義の政治的次元ではない。天皇が君臨していようとも、彼が勝手に振る舞うならば、それは
国体に反する行為なのだ。
 国体とは、単に天皇を君主として仰ぐ体制ではない。
 そうではなく、「天祖の神勅」を奉じる天皇を君主として仰ぐ体制なのである。「三種の神器」の
象徴性・重要性はここにある。正しい戦争は、そうした「神の命を受けたもうた」天皇の軍隊が、ま
つろわぬ敵どもをなぎ倒していくことをいう。
 それは宗教的熱狂に駆られた狂信的な集団を意味するわけではない。あくまでも祭祀にもとづいて
神の意向と威光のもとに戦う軍隊である。』
なんだかわれわれがなんとなく理解していたものとはちがう気がする。じゃあ祭られている英霊って
どいうことになるのだろうか。
『靖国に祭られる英霊とは、天皇の名のもとに戦った(ことになっている)陣没者や天皇のために政
治的に犠牲になった人たちのことである。
 「天皇のため」であって「日本国のため」ではない。
 たしかに明治以降、天皇は日本の元首であり、彼のために戦うことが日本のために戦うことである
と一般的に認識されていた。少なくとも政府見解がそうであった。しかし、それは政府側の政治的立
場にすぎない。
 たとえは極端なほうがわかりやすい。これはどうだろうか。
「天皇制国家」を打倒して人民のために国を作ろうと考え、そのために戦って獄死・刑死した人がい
るとする。(「いるとする」どころではない。明治末年、大逆事件の幸徳秋水に始まって、昭和二十
年、敗戦直後の三木清の獄死にいたるまで、その例に事欠かない。)この人は主観的には「日本国の
ために(悪い政府と)戦った」のではなかろうか?
 もちろん、彼らは靖国の英霊にはなっていない。なぜか。天皇に逆らったからである。
 同じ理屈で、いまでは誰もが肯定的に語る明治「維新」の大立者が、戦死(厳密には自刃)したに
もかかわらず、英霊になっていない。西郷隆盛である。彼は西南戦争の賊軍だからだ。』
うーん、これって中韓は理解してないというか、無視していますよね。
『古今東西、君主や種族のために戦死した者を顕彰・慰撫する祭祀や施設は数多い。一般論としては
靖国その範疇に属す。なにも特殊な存在ではない。
 だが、哲学的・社会人類学的にではなく、歴史的に考察した場合、靖国神社とは、以上述べきたっ
た水戸学的死生観・倫理観によって誕生した施設だということが許されよう。
 靖国問題を真摯に語る者のあいだではすでに常識化していることだが、日本古来の風習から自然発
生的に生まれ育ってきた信仰形態では、断じてない。それを神道と呼ぶのは現在の宗教教理として自
由だが、歴史学的には間違いである。靖国は特殊なのだ。』
靖国神社はもちろん国営ではないし、単なる宗教法人でもあるんですがね。
『討幕派諸藩だけではない。佐幕派の会津藩出身者であろうとも、西南戦争や日清戦争で天皇のため
に戦えば英霊になれた。彼らもまた「日本人」だからだ。
 その後、「日本人」はさらに拡大する。琉球・台湾や朝鮮半島で生まれ育った、エスニック的には
ヤマトの属さない人々も、ロシアや中国・アメリカ相手に戦死すれば立派な英霊である。天皇の錦の
御旗のもとに集う者はすべて「日本人」なのだ。
 だが、ヤマトに生まれ育っても、「維新」という御大業に逆らった者たちのように、天皇に反抗し
た連中は英霊になれない。
 それでもあなたは「この神社にはお国のために戦った人たちが祭られている」という主張に同意し
ますか?』
こういうこともいま一度考えてみるのもいいかもしれない。もちろん小島氏の論だということを忘れ
てはいません。しかし、小島教授の話はおもしろいですね。眠気さめます、はい。

「人間はどこまでチンパンジーか?」 ジャレド・ダイアモンド
                   長谷川真理子・長谷川寿一訳 新曜社 ★★★

まず原題を紹介しておこう。「THE THIRD CHIMPANZEE」これでは売れない、と判断したのかどうか。
なんとも陳腐な日本語書名になった。出版社の方もなかなか大変である。ヒトとチンパンジー(いま
ではピグミーチンパンジーとコモンチンパンジーが知られている)のDNAを比較すると98.4パ
ーセントはおなじだ。おまけに血液の赤い色をもたらしているタンパク質のヘモグロビンは287の
単位からなるがまったくおなじだ。だったらヒトは三番目のチンパンジーといえるのではないか、と
いうところからこの題名がついている。だがこの1.6パーセントの違いがちいさいとみるか、それ
が決定的だと考えるかで立場は変わる。しかしダーウィンがいったように、すべての生命は同根だと
考えれば気にすることはない。いやいや、そう考えることはできない。人は神が作りたもうた、とい
う人たちだっているわけだから。というようなことを考えていると、では生命っていったいなんだと
いうことにもなってくる。
『バクテリアから人間に至る階梯のどこかで、私たちは、殺しが殺人に、肉食が食人になる線を引か
ねばなりません。普通は、それは人間と他のすべての動物との間に引かれています。しかし、世の中
には菜食主義の人間もたくさんいて、そういう人たちは動物を食べるのを好みません(しかし植物は
喜んで食べますが)。また、まだまだ少数ですがだんだん増えている動物の権利の運動にかかわって
いる人たちは、医学の実験に動物を使うこと、少なくともある種の動物を使うことに反対しています。
この運動はとくに犬、猫、霊長類に対する医学実験を糾弾していますが、ネズミにたいしてはそれほ
どでもなく、昆虫やバクテリアに対する実験には何も言っていません。』
人の認識は分けることだ。違いをつけていくといってもいい。クジラは駄目だが牛はいい、というよ
うに。この問題はなかなかむずかしい。そういうことを考えるのに本書はいろんな視点を与えてくれ
る。それから先は自分で考えるしかない。もうひとつの問題提起は新鮮だった。第10章 農業がも
たらした明と暗、がなかなかに考えさせられる。
『とくに最近の発見によると、私たちがよりよい生活へと踏み出す決定的な一歩であったとされてい
る農業(と家畜の使用)が、実際は、向上への記念碑であると同時に諸悪の始まりの記念碑でもあっ
たことがわかってきました。農業の始まりとともに食料生産量が増え、食料の貯蔵が可能になっただ
けではなく、社会的性的に大きな不平等、疫病、専制政治など、現代の人類を悩ませている諸々の悪
も始まったのです。』
狩猟採集生活から農業に移行したことによって生活が安定し寿命ものび余暇ができ芸術も生み出され
たと思っていませんか、と著者はいう。その反証的事実がつぎつぎに紹介される。
『ブッシュマンの1日の平均食物摂取量は2140キロカロリー、タンパク質93グラムで、小柄で
すがよく活動する人たちにとっての1日の必要量をはるかに越えています。狩猟採集民は健康で病気
もほとんどせず、多様性のある食事を楽しみ、少ない種類の作物に依存している農民を定期的に襲う
飢饉の心配もありません。食用植物85種を利用しているブッシュマンにとって、飢えて死ぬことは考
えられないことですが、1840年代のアイルランドでは、主要作物であるジャガイモがやられると
100万人の農民とその家族が飢えて死んだのでした。』
農業のツケは栄養失調、飢饉、伝染病などいろいろな面であらわれている。まあ、明と暗ですから、
決していいことばかりではなかった。ここに書ききれませんので、このあたりの詳しいことは実際に
読んでいただきたい。かなりの分量ですが、読み応えありますよ。

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遠くに眺めるのも好きです。
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