ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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学食で読書
いつも金がない。学生食堂でいちばん安いうどんを食う。だからといって、べつにわが身を嘆くよう
なことはない。ただ、金がないだけのことだ。そのうちなんとかなるかもしれないし、ならないかも
しれない。そんなことよりいま読んでいるこの本だ。なんだ、これは。なにを言いたいのかさっぱり
分からない。もしかして俺のほうに問題があるのか。この程度のことが分からないのか、ということ
を提示されているのか。いやいや、これって中身がないでしょ。もってまわった言い方でさもなにか
を言っているかのように理解もしていない概念を羅列しているだけではないのか。ときどきあるんだ
よね、この手の本が。編集者はなにを考えてこんな本を出すんだ。なにも考えていないんだろうな。
とにかく成績(出版実績?)をあげなくちゃと。だったら上司も上司だ。こんな出版社は潰れてしま
えばいいんんだ。しばらくして、その出版社はほんとうに倒産した。おれのせいではないよな。

N8494風見鶏

「我が家のヒミツ」 奥田英朗 集英社 ★★★
六つの短編のうち興味を引いたのはふたつ。「虫歯とピアニスト」と「妻と選挙」。前者は以前は専
業主婦だった三十一歳の敦美が勤める歯科医院にピアニストが治療に来るという話。後者はいわゆる
草の根市民が地方選挙に立候補するという話。どちらも現実にありそうで、身近にはなかなかなさそ
うというところがミソである。「妻と選挙」にでてくる主人公は《井端さん一家》シリーズでN木賞
を受賞した作家だ。しかし、近頃はいまいちパッとしない。なんだか本人の自嘲かと思えるところが
おもしろい。そんななか妻が市議会選挙に立候補すると言い出した。ボランティア活動をするなかで
いろんな現状を見るにつけなんとかしなければと思い始めたのだ。しかし、選挙活動はそう甘くはな
かった。夫婦の会話にもそんな様子がかいまみえるようになった。
『「そうよ。世間に対してクールで皮肉屋なのが、作家・大塚康夫」
 里美が頬杖をついて言う。その通りなので、康夫は黙って下唇を突き出した。
「そもそもあなた、わたしが選挙に出るの、よろこんでなかったじゃない」
「そんなことはないさ。君が何かにチャレンジするなら応援したい」
「あ、そう。そうならうれしいけど」
「きっと恰好をつけてる場合じゃないんだよ、選挙って。現職の市議会議員なんか、会ったこともな
い人の葬儀に参列したり、香典を包んだりするじゃない。彼らは土下座もするし、うそ泣きもする。
そういうの、里美も少しはやるべきなんだよ」
「うそ、土下座も?」
「それはたとえ話だけど、深々と頭を下げて、何を言われても笑顔で通して、嫌がられても握手の手
を差し出して、人が集まるところには図々しく押し掛けて、そうやって名前を憶えてもらわないと、
先に進めないのが政治の世界なんだよ」
 里美が眉をひそめ、康夫を見つめていた。』
康夫は人前で話すことが好きではない。しかしそうもいっていられない状況のようだ。しかたがない、
ここは自分が応援演説に立つべきか。なんといってもN木賞作家なのだ。そして立った。
『「おまえは何を考えているんだ、政治は素人が出来るようなものじゃないぞ、主婦の生き甲斐探し
で首を突っ込むのは市民に対して失礼だろう。そう言って懇々と諭しました――というのはうそで、
内心思っただけです。言ったら喧嘩になります。夫婦喧嘩になると、大抵わたしが敗けます」
 あちこちで笑いが起こった。おお、ウケている。康夫は体が熱くなった。何事かと人が足を止め、
集団心理からあっという間に人垣が出来た。
「しかし、話を聞いているうちに、妻が真剣であることがわかりました。高齢者福祉のボランティア
活動を続ける中で、いろいろな壁にぶち当たり、葛藤し、市政が改善すべき点を、妻は身をもって知
ったのです。誰にとっても高齢者福祉は他人事じゃないんです。ここにいる方は大半が現役世代で、
何十年も先のことだと思うかもしれません。しかし、親はどうですか? 介護が必要になったとき、
みなさんは対応出来ますか?」
 だんだん調子が出て来た。澱みなくしゃべる自分に、康夫自身が一番驚いている。視界の端では里
美が口をポカンと開けていた。』
さすがはN木賞作家、ファンだという人も現れる。こうして好循環へと転換できた。さて選挙の結果
はどうなるか。ご自身で続きは読んでいただくしかない。

「シンガポールの奇跡」 田中恭子 中公新書 ★★★
本書の発行年は昭和59年だから、すでに30年以上が経つ。しかし内容はそう古いとも思えない。
アジアのなかでもシンガポールは特異な立ち位置を示している。まず公用語は、マレー語、標準中国
語、英語、タミール語の4言語になっている。だが、独立前は英国の植民地であった。
『問題は英語で教育がおこなわれるところにあるのだが、シンガポールがこれを変える可能性はまず
ない。多民族国家だから言語問題は教育用語の問題にとどまらない。英語を使ってきた所でこれをや
めるとすれば、では何語にするかが大問題になるし、英語は国際語だからいろいろ便利なこともある。
何よりも英語の経済的価値は絶大だ。開放経済体制のシンガポールでは外資系企業が多いし、地場産
業の主力も金融、運輸、通信、貿易といった世界を相手のサービスだから英語がものをいう。そのう
え政府も英語で運営されているので、役人になるにも英語が必要だ。というわけで、英語ができると
就職のチャンスも給料もうんとよくなる。』
そういう状況にあるが、シンガポールの人口の四分の三を中国系市民がしめる。中国系市民はどのよ
な意識でいるのだろうか。ものごとはそう単純ではないようだ。
『一九六五年にシンガポールが独立した時、中国、台湾に次ぐ第三の中国の出現と騒がれた。シンガ
ポールにとってこれほど迷惑なことはない。もし第三の中国であれば、東南アジアの中心に位置する
都市国家に将来の展望はない。東南アジア諸国はみんな中国ぎらいだ。弱小国が大国、強国に反感を
もつのは永遠の真理だが、東南アジア諸国の中国ぎらいにはもっと切実な理由がある。』
中国人は祖国のために働く気概をもつものがおおいという。それが政治状況を複雑にしている。また
こんな話もある。筆者が同僚から論文を日本で本にしてくれそうな出版社を教えてと頼まれた。では、
論文が英語なので訳者も探さないとというと驚いたというのだ。彼は日本の出版業がほぼ日本語で成
り立っているということが理解できていなかった。これが植民地支配の恐ろしさかもしれない。日本
人はグローバルだとかといって英語をありがたがる。しかし自国語で科学からはじまってほぼすべて
の教育が受けられる日本という国のほうがアジアでも特殊なのだと知らなくてはならない。母語は、
その人の思考形成に多大な影響をもつ。ことばはコミュケーションの手段というよりも思考のツール
として役割がおおきいのではないか。そんなことを本書を読みながら考えていた。

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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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