ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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墓所で読書
あれはいつのころのことだったのだろうか。もうお盆の時期はとうにすぎていた。でもいちどはお参
りしないとな、などと考えていた。寺には人の気配もなかった暑い昼下がりだった。桶と柄杓を勝手
に借りて坂道をひとり登っていった。このあたりだったかなあ。なんとも頼りない。だがなんとか目
的のお墓にたどりついた。いまのぼってきた道をふりかえると海が見えた。すこし潮のにおいもする
ようだった。花を供えてしばらくぼんやりしていた。いまでもときおり声が聞こえてくるような気が
するのだ。明るく元気そうに笑いながら話している。おれはときおり頷くだけできいていた。いかに
も愉快そうに話す光景がうかんでくる。もう何十年も前のことなのにやけに鮮明にくっきりと記憶に
のこっている。墓石のちかくに座れる場所をみつけて腰かけた。持参した本をそっと開く。後からの
ぞきこんで「なにを読んでいるのよ」と問いかけられるのじゃないかと、つい期待してしまうのだ。

N9494シオカラトンボ

「判決破棄 リンカーン弁護士」(上)(下)
                マイクル・コナリー 古沢嘉通訳 講談社文庫 ★★★★

マイクル・コナリーの作品にはリンカーン弁護士ミッキー・ハラーものとハリー・ボッシュ刑事のシ
リーズがある。本作はミッキー・ハラーの3作目であり、かつハリー・ボッシュも登場する(こちら
なら16作目)。映画でいうならダブル主演というところだ。ファンにとってはたまらない。さて、
物語は24年前におこった少女殺害事件の有罪判決を破棄するというものである。犯人とされたジェ
イスン・ジェサップは無実を訴え続けていた。その後DNA鑑定の技術が進歩し証拠となった被害者
のメリッサ・ランディのワンピースの裾についていた精液がジェサップのものではなかったことが判
明したからである。ジェサップは犯人ではなかったのか。やはり犯人なのか。これに対して検察側は
黙って引き下がるか再度裁判で争うのかという判断をせまられる。そこででた奇策が、弁護士ミッキ
ー・ハラーを独立特別検察官として任命するというもの。こういう制度がアメリカらしいですね。ハ
ラーは勝算がうすいこの事件をふだんとは真逆の検察官として引き受けることになる。そして相棒に
は元妻のマギー・マクファースン検事補、調査員にはハリー・ボッシュ刑事があたるということにな
る。ジェサップの弁護士にはやり手として知られるクライヴ・ロイスがつくことになる。アメリカで
の裁判は陪審員制度である。被告が有罪か無罪かは陪審員の判断にゆだねられるのだ。証拠はもちろ
ん弁論も陪審員を説得するものが求められる。そこにはもちろんアメリカの文化が色濃く反映される。
動かぬ証拠であってもこんな解釈が可能だと納得させれば判断はひっくりかえる。行き詰るような法
定場面、証拠・証人をもとめての捜査過程など読みどころ満載である。後半になって二転三転すると
ころなどコナリーが人気のあるゆえんなのだ。あっというまに読み終えること請け合いである。
『ボッシュは頭のなかに、自分の娘の姿を一瞬思い浮かべた。たとえどんなに困難であっても、阻止
せねばならない悪が世のなかにはあるとボッシュは知っていた。子どもを狙う殺人鬼はそのリストの
一番上にある。
「わかった」ボッシュは言った。「加わろう」』
子ども殺しは人のなす悪のなかでももっとも許されない。どこかジェサップの行動はおかしい。だが、
裁判では証拠が納得させる論理がなければならない。ボッシュ刑事がんばれとこころのなかで叫ぶ。

「本当は怖い動物の子育て」 竹内久美子 新潮新書 ★★★★
ある種の動物はおなじ種の赤ちゃんを殺す。これを知ったのは杉山幸丸さんのインドでのハヌマンラ
ングールについて書かれた本を読んだとき。インドでは神の使いとされている美しいサルだ。だが群
れのオスが交代したとき、その時点で群れにいた赤ちゃんザルは殺される。なぜか。赤ん坊のサルを
失ったメスはふたたび発情が可能になってオスを受けいれることができるからだ。なんとも人からす
れば悲惨なことだ。だがそれが自然界ではよくあることだと知られてきた。単純にそれをヒトに敷衍
することはできないが、一考するには価する。進化論も種というより個々の子孫を残そうと、あるい
は血縁にあるものを生かそうとする考えに傾いているようだ。この本を読んでいるとそんなことを思
ってしまう。なんだかやるせないのはしかたのないことないか。
『ほ乳類のメスには普通、子に頻繁に乳を与えている限り、子が乳を吸うという刺激によって、発情
もしなければ、排卵も抑えられるメカニズムがあります。しかし乳を吸う者がいなくなってしばらく
すると、発情と排卵が再開されるのです。
 ここで子を殺された母親の豹変ぶりを責めることはできません。我が子を守り切ることができない
のであれば、次善の策としては、できるだけ早く発情して新しいオスとの間に子をつくる。それ以外
に自分の遺伝子のコピーをよく残す道はないのです。』
ではヒトも哺乳類だが、そういうことはないのか。世界各地の先住民には「嬰児殺し」とよばれるも
のが存在する。日本人はもの忘れてしまったしれないが、つい最近までは「間引き」といい慣わされ
たものが存在した。童謡「シャボン玉」はそのことを歌っているともいわれたりする。ヒトの場合な
ぜ殺すのか。南米ボリビアアのヨレオ族の女性に問うた結果がある。
『どういう場合に子を殺すのかという問いに、女たちはこう答えました。
 まず、父親から確実なサポートが得られそうにないとき。
 正式な結婚相手ではない男との子どもを殺す理由は、ここにありました。しかし、それ以外の場合
でも、次のような場合には殺すと答えています。
 奇形児や双子が生まれたとき(双子の場合にはどちらかを殺す。)
 そして、生まれた子が上の子と年が接近しすぎていて、もし育てるとすると上の子の生存が危うく
なりそうなとき。』
育てられそうもないとの判断があるわけですね。さらに重要なのは以下のこと。
『この判断は当の女に委ねられており、どう選択しても罰せられることはありません。その判断のた
めの文化や風習、掟が存在しているのです。』
ここで思うのは、普遍的に悪であるとか絶対に悪であるとかといえるのか。そういうことを声高にい
う御仁に限って、偽善的だったり無知蒙昧だったりするんですよね。

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遠くに眺めるのも好きです。
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