ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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ふたりで読書
公共図書館のおおきなテーブルに向かいあってすわる。おたがいに自分の好きな本を選んできていた。
静かだなあ。家とは全然ちがっている。まわりを見回す。みんないかにも真剣そうな顔して本を読ん
でいた。そのとき向かいの席のあいつと眼があった。おたがいにすこし笑う。声は出さないように気
をつけた。あいつもぼくとおなじなんだ。ちょっと落ち着かないのだと気づく。ぼくはとくに勉強が
好きではない。本を読むのは、まあ好きだ。でも彼のように小説は読まない。図鑑や理科の本がおも
しろい。本のなかにでてくる実験を頭のなかで想像する。ぼくはいつのまにか白い上着の科学者にな
っている。フラスコからは白い煙だか蒸気だかが立ちのぼる。助手に指示をだす。ポワロのように生
やした髭の先をつまんではなす。すこし考えるしぐさも必要だろう。なにを合成しているのか。そん
なことはどうでもいいだろう。地球の存亡がわたしの肩にかかっているのだ。彼もかすかに頷いた。

N9545シュウメイギク

「鳥類学者無謀にも恐竜を語る」 川上和人 技術評論社 ★★★★
鳥の祖先は恐竜だということはおぼろげに記憶している。ということで、鳥類学者が恐竜学者を名乗
ってなんの不都合があるのだろうか、となるロジックだ。なかなか目を引く書名だと思う。敏腕編集
者のなせるわざなんだろうか。それとも著者が自身でつけたのか。興味がわく。
『恐竜化石が歴史に現れるのは、1824年のことである。世界ではじめて学名が与えられた恐竜は、
メガロサウルスだ。ただし、この時点ではまだ、巨大な爬虫類という認識であり、恐竜という概念は
成立していなかった。メガロサウルスとは、「巨大なトカゲ」という意味である。』
イギリスのストーンズフィールドで見つかったのが最初だ。しかし恐竜にも分類があるんだろうなと
は予想もする。読んでいくうちにそれもわかってくるだろう。男子は恐竜が好きだ。子どもたちも恐
竜や怪獣が好きだ。よって男はみんな子どもだ、とはならない。読んでいるといろいろと知らなかっ
たり忘れていたことがでてくる。こういう視点があったのか、なるほどなと。しかし進化をどう考え
るかでその意味はちがってもくるのだ。恐竜から鳥へと進化したのだが。
『ここで、敬意をこめて今までの認識を改めたい。鳥は「歯を失った」「腕を失った「尾を失った」
のではない。空を飛ぶために、むしろ「歯や腕、尾を捨てた」と表現されるべきである。鳥の体には、
進化の歴史がぎゅうぎゅうにつまっている。』
ときおり滑りこんでくるユーモアもいい。小島毅氏ばりのゴーイングマイウェイ的な文章がわたしに
は笑えるのだ。本は読んでおもしろいのが一番だ。小難しいと感じる本は論旨が不明確なものが多か
ったりするものだ。論理的と空想的は対立するのかな、などと考えた。「空想から科学へ」などとい
う本もあったしな。論理は必ずしも積み上げ方式でなされるわけではないということはいろんな方が
おっしゃっている。創造性は想像も含んでいるのだろう。いや想像のかけらも思わせないものには創
造性を感じないのだ。
『しかし、改めて考えると、恐竜の化石がなんの役に立つのだろう。なぜ私たちは、こんなに恐竜に
熱狂してきたのだろうか。恐竜化石でダイエットに成功する。否。恐竜化石で病気が治る。否。恐竜
化石で女性にモテる。否。恐竜化石でクリーンエネルギーができる。否。正直なところ、恐竜化石は
実利的にはなんの役にも立たない。』
それでも恐竜が好きだし、平和な世のなかなればこその恐竜学なのである。
『オヴィラプトサウスル類やトロオドンなどでは、抱卵の習性をもっていた可能性が指摘されている。
卵を産みっぱなしではなく、親子としての関係がはじまるわけだ。そういえば、親子丼って、どう考
えても実際は親子じゃないよね。私が世界征服を成し遂げたおりには、二世代丼に名前を改めようと
思っている。』
恐竜は1億5千万年の長きにわたって地球上で生きてきた。私たちホモ・サピエンスの歴史はせいぜ
い20万年でしかない。敬意をもって恐竜のことを学ぼうと思うのだ。

「理系に学ぶ」 川村元気 ダイヤモンド社 ★★★★
川村氏(上智大学文学部新聞学科卒業)が理系の方々とのインタビューをまとめた一冊である。十五
人の方が登場するのだが、強く印象に残ったのは三人の方。まず養老孟司氏はいつも卓見をさらりと
述べてくださる。なんども何冊も読んでいて、それでもハッとするのが不思議だ。わたしの物忘れが
激しくなっただけかもしれないが。日本と西洋のちがいも養老先生だとこうなる。
『僕はよく「日本人は社会の中で他者性が強い」って言うんだけど、西洋は言語を見ても、ルネッサ
ンス以降は必ず主語が入るようになって、「I am a boy」っていう表現も、amの前にはIしかこな
いのに、彼らは絶対に省略しないんです。
 ……
 でも、ルネッサンス以前に盛んだったラテン語は、動詞が全部変化して、強調するとき以外は人称
代名詞が要らなかった。デカルトの「我、思う」も「cogito」の一語です。つまり、「I」を
省略できない現代の西洋人は、常に行動と主体というのが存在すると思っている。』(養老)
『データの検証という点では、1996年にイギリスの研究所が世界で初めてのクローン羊「ドリー」
を作りましたけど、あれは1000回目でやっと成功したんです。でも、999回はなぜだめっだた
のかは、一切証明しないんですよ。生物化学というのは昔から特殊領域で、「成功さえすればいい」
みたいなところがある。株で儲かったとかに近い話でもあって、科学じゃないんです。』(養老)
つぎに、「バザールで、ござーる」のCMで有名な現在、東京藝術大学大学院 映像研究科教授の佐
藤氏である。すごいなという人は思考の様式、方向性がちがうということがよくわかる。テレビや新
聞など表に出ることはほとんど断っているという。
『無名でいると、相手もストレスなく素直に意見をしてくれます。教室でも仕事場でも学生や若い人
が「『先生』、それは違いますよ」と平気で言ってくるし、全否定されることも多いんです。その環
境がなくなったら、もう終わりですよ。』(佐藤)
これと真逆の世界に住む住人たちはなにを考えて日々生きているんだろうな、などと思いますね。
『もちろん現実から離れて概念の世界に行けることが人間の素晴らしいところだと思っています。た
だ、そこに行く足がかりとして、現実にしっかりと足を付けることが大切ではないでしょうか。実は
現実が、概念の世界を超えてたりもします。僕たちにはまだ見えていないだけなんです。』(佐藤)
やはりバランス感覚というのは必要なようです。
もう一人は理論物理学者の村山斉氏である。暗黒物質は宇宙の何%なのかという質問には。
『全体の27%と考えられています。その他に暗黒エネルギーは68%で、普通の原子でできた物質
はたった5%です。』(村山)
えっ、たった5%なのかとだれでも驚く。それくらい宇宙は大きいのか。
『物理学者も何かを理解して説明したいと思ったとき、あるところで言葉を失う瞬間があります。I
PMU(東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構)内でのやりとりでも、自分の持っ
ている言葉ではどうしても表現できないから新しい言葉が欲しい。だから共通の言語を学ぶわけです
が、それが数学です。数学者が言葉を作る専門家で作家みたいなもの。僕ら物理学者は作家からもら
ってきた言葉を使って仮説のストーリーを作る。』(村山)
つまり物理学者は数式で世界を表現する。表現できるのが世界だということになるのかな。川村氏も
最後に言っている。「理系と文系は同じ山を違う道から登っているだけだった」いうことに気づきま
した、と。さて、もう山の頂は見えているんだろうか。霧がかかっているのだろうか。

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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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