ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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「初めての真鍋島紀行」(十五)
 翌日、部屋の荷物を手早く片付けて受付へ行った。
「これ預けときます。また、来ますから」
 と、ユースホステルの会員証を中にいたむさくるしい男性に託した。
「そうですか、気をつけて」
「ありがとうございます。じゃあ」
 三虎では、帰るときにユースホステルの会員証を置いていく人が多い。
置いておくことで、自分の分身がこの三虎に残っているかのような気持ちになれるのだろう。
そうすることによって得られる安心は、帰り辛さを軽減してくれることにつながっていく。
また、それが当たり前のことであり、ごく自然なことなんだという雰囲気もあった。
ぼくは、特になにも考えずに自然にそうしていた。
 台所の扉をよいしょっと開けて、おばさんに挨拶した。
「お世話になりました、帰ります。じゃあ、また来ますから」
「そうですか、気をつけてね」
 と独特のイントネーションで答えてくれた。
その声と表情が、ぼくの頭の中で反芻される。
飾らない語り口がみんなに人気のおばさんらしくて、ぼくは気持ちよく帰れると無理にも思った。
やっぱり、もう一泊していこうか、と思ったりもした。
でも、それでは切りがない。また来ればいいんだ。
すぐに、また会うことができるんだ。寂しくなんかないんだ。
男の子は、頑張っていろいろやらねばならないことがある。
それがなんだかは、今は分からないけれど。

 港までみんなでがやがや行って、船が来るのを待っていた。
狭い桟橋が、人で埋めつくされている。
来たときとは打って変わって、空は快晴である。
汗ばむくらいのなか、おじさんがいるのが見えた。
ぼくと目があって軽く頭を下げると、近くにやってきた。
「もう、帰るんか」と聞かれて、
肩の荷物を掛け直しながら「ええ、お世話になりました」と答えた。
おじさんはしばらくぼくの顔をじっと見つめてから「そうか」と言って、
他の人のなかに紛れていった。
離れてゆくおじさんを眺めながら、この数日を再び思い返していた。

 都会では、無意識に人との接触を避けるようなところが多かった。
だのに、島ではそんなこともない。人に対して、構えてしまうようなこともない。

 真鍋島という環境がそうさせるのだろうか。
三虎の人たちの優しさ故なのだろうか。
自分でも気づかずに、見知らぬ人の輪の中に入っているぼくを発見して驚いたものだ。
こんな経験は今までになかった。
ぼくは、こんなに外向的性格だったのか。そんな筈はない。
自分では引っ込み思案の人見知りと思っている。
嘘だと思うなら、雑誌の占いのページなぞを読んでみればよい。
自分の該当する生年月日による星座の欄を見てみればいい。
当たっているなと、思うだろう。
試しに、他の欄も読んでみるとよい。
またも、当たらずと言えども遠からじ、と思うだろう。
なんのことはない。信じるものは救われる、ということか。
誰しも正反対の性向を、多少ならずとも持ち合わせているのだから、思い当たることは多い。
どっちにもとれるようなこととか、そう思えばそうだ、というようなことが書いてある。
ずばりと断定しているかと思うと、必ず留保事項がついている。
そういう風でなければ、占いなぞ成り立たない。
要は、こうしたことにコントロールされるか、自分がコントロールするかが問題なのだ。

いまは亡きぺけ

 島の細くて曲がりくねった路地を歩くのが好きだ。
ぼくは、これまでいろんな路地を歩いてきた。
人のいない小路を歩くときは、静寂がぼくを物思いに導いてくれる。
突然飛び出してくる猫に、思考を破られることもある。
だが逆に新たなインスピレーションを与えられたりすることもある。
道端の縁側におばあさんがひとり座っている。
陽だまりでなにかしら仕事をしていたりするのを見るのが好きだ。
三四人のおばさん連中が集まって世間話などをしているところにでくわすこともある。
脇を通りすぎるとき、その地方独特の方言が微妙なイントネーションで聴こえてくる。
一瞬、民族音楽を聴いているかのような錯覚に陥ったりもする。
こどもたちが楽しそうに賑やかに遊んでいる。
ぼくの出現によって、その場に緊張が漲り場面は動きを止める。
こどもたちは上目使いにぼくをじっと見つめている。
通り過ぎようとする間、その場に立ったまま首だけを回してぼくの動きを追う。
ぼくが振り返った時には、なにごともなかったかのようにもとの遊ぶ姿に戻っている。
そんな光景がぼくの脳裏をかすめていく。
路地は、ぼくに人生のいろんな相を見せてくれる。
今ここに生きている人々がいるんだということを。
彼らは決して政治や経済を語りはしないが、確かに生きている。
生きるとは何でしょうと問えば、ただ微笑むだけかもしれない。
あるいは、ぼくを慈しむような眼差しで見つめるだけかもしれない。
それは人に問うて解る、というようなものではないのだろう。
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テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

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遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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