ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
09 | 2017/10 | 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

初夏に説法
ゴールデウィーク(これは映画業界の用語とか)に突入しましたね。
いつもこの時期は暑くて半袖ですごしていることが多い。
休みが続くと、案外と読書ができないものだ。
家でじっとしているよりは、青年よ野にいでよ、という気分になる。
野っ原に寝転がって空ゆく雲を眺めているほうが気持ちがいいのだが…。
しかし現実は、家で洗車などして日が暮れてゆくのであった。

「二人の銀河鉄道 嘉内と賢治」 江宮隆之 河出書房新社 ★★★
保阪嘉内は山梨県北巨摩郡駒井村の生まれであり、
宮沢賢治とは「盛岡高等農林」での一学年下(同い年)であった。
ふたりとも同時代の詩人、石川啄木が好きであった。

 不来方のお城の草に寝ころびて
 空に吸われし
 十五の心

と啄木が詠じた時代に生きたのである。
嘉内と賢治の交友活動から同人誌のことなど興味深い。
そこから賢治の真面目な性格が察せられるのである。

「観念的生活」 中島義道 文藝春秋 ★★★
哲学はまずすべてのことを疑ってかかるものだ。
いちばん問題が多いのは権威のまえに屈服することである。
あるいは疑問をいだかないことである、ともいえる。
『ラカンはずっと敬遠していたが、昨年夏以来彼の「カントとサド」を翻訳する研究会に
数度出てみて、専門家たちの話を聞いていくうちに興味を覚えるようになった。
特に、「エノンシアオンの主体」と「エノンセの主体」の区別はおもしろい。

デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」という命題は、
そう語られる「われ(エノンセの主体)」に限定する限り明証だということ。
そう語る「われ(エノンシアシオンの主体)」を隠蔽する限り、「無」とみなす限り、
殺害する限り、明証だということである。』
これは客観と主観の問題にも含まれている、と思うのである。

「昭和なつかし博物学」 周達生 平凡社新書 ★★★
いまはもう随分と昔のことに思える昭和の時代。
洗顔に使ったウグイスの糞、の話。
医用蛭とオカリカンクリ、金魚とメダカとヒヨコすくい、壷焼きとタコ壷。
縁日のオオヤドカリ、綿菓子と酸貝、最後は幻のウミホオズキを求めて。
読みすすめていると、その頃のことが鮮やかによみがえってくる。
はたして便利に豊かになったいまがいいのかどうか。
そんなことも考えてしまうのである。
確かにのんびりゆったりしていたように思えるが、そんな記憶はあてにならない。
スポンサーサイト

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://moucheokuno.blog26.fc2.com/tb.php/538-a104bdb2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー