ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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気のおけない人
旧知の気のおけない連中が集まっての談論には遠慮がない。
「気のおけない人」というと逆の意味にとる若者がいたりする。
これはどうしてなんだろう、などと考えることもある。

気のおけない → 平気ではいられない → 気遣いが必要な、と連想するのだろうな。
「気のおけない人」というのは、細心の注意を払わねばならぬ人だという解釈になる。
これでは本来の意味とはまったく反対である。
ことばというのはその場の状況やイントネーションで肯定にも否定にも疑問にもなる。
だから字面では分かりにくいこともままある。

正しい意味での「気のおけない」仲間と飲み食べ語るのは楽しいものだ。
職場が同じなわけでもないし、職業的ギルドでもなく、同級生でもない。
意見が同じという政党的立場もなく、主義主張はかなり異なっている。
若い頃、旅の身空で知りあっていまに至るまで、なぜかつながっているのだ。
もちろん、すべての面で許容できるというようなことはない。
この許容できないながらもというところに妙味を感じるのである。

だが、ある立場の人(原理主義的だ)はそれがどうにも許せないらしい。
(そいう決めつけが癪にさわるのよ、とのご意見もある)
(しかし、なにごともなんらかの判断、断定がなければ論がすすまないではないか)
許せないなら許さなければいいではないか。
あなたが許したからといってなにが変わるというのだろう。
所詮われわれはお釈迦さんの掌の上なのだから。

それでも、どうしても許せない納得できないというのであれば、
そのよってきたる論拠を示していただかなければ答えようもないではないか。
それはそうなの、では理由ではなく信念を述べているにすぎない。
だからその信念の源ともなる思考の過程を教えてほしい。
(あるいは相手が納得できるような論を展開していただきたい)

というようなことをいつまでも言って、相手を見ると笑っている。
そうなのだ、そういうことなのだと分かる。
変わらないなあ、若い頃と。
おたがいに、だぜ。
となれるところが「気のおけない」仲間の所以である。

IMG_4914.jpg

ひとりが釣ってきた魚を、よしきたっ、とひとりがさばいてゆく。
チーズケーキを作る者あれば、スジコン(すじとこんにゃくを煮たもの)を持ちきたる者あり。
庭に実ったから持参したというすだちが高くかおる。
ビールに芋焼酎にワインなど飲み物も充分すぎるほどだ。
鍋には関東煮がぐつぐつと汁をしみこませてひかえてもいる。

IMG_4912.jpg

ああ、至福とはこういう状態をいうのではないか。
まさか、これは夢だというのではなかろうな。
そうしたり、醒めない夢というものでござる。

こうして一幕は終わりを告げた。
(いつかまたどこかで、と続く)

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遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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