ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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読んどれ
♪ 読んで 読んで 読まれて読んで 読みつかれて眠るまで読んで ♪
といった状態になることを、スラングでは「読んどれる」と言うんだと記憶している。
読んどれるとどうなるのかについては、生理学的な裏はとれていない。
また個人によって変異があるので、一般論として敷衍することははなはだ困難であるらしい。
だが、脳になんらかの化学的変化が起きていることはまちがいないようなのだ。
エンドルフィンようのものが分泌されているからではないか、と考えられている。
これには強い鎮痛作用もあることから、人生の痛みを回避するためとの解釈もあるようだ。
そんなことを滔々と話す怪人が登場する話を聞いたのはいつのことだったろうか。

「サウスバウンド」 奥田英朗 角川書店 ★★★★
小学六年生である上原二郎(長男で、妹がひとりいる)が今回の物語の主人公である。
父上原一郎は仕事もしないで(自称小説家だ)いつも家でごろごろしている。
母のさくらが喫茶店を切り盛りしてなんとか我家は暮らしていけているようなのだ。
父は学生運動でならしたことが耳にはいってくるし、それもそうとうに有名であったらしい。
そんな関係から居候としてやってきた青年アキラがセクト間の争いで事件を起こす。
突然一家は、西表島に移住する(沖縄は父の故郷でもある)ことになるのだ。
(昨年行った舟浮が出てきてその光景が思いだされ、いいところだったといまさらながら)
読むとこどものころの光景が蘇えりなつかしくもある感慨がつぎつぎとうかんでくる。
そんななかで、人はどうして生きてゆけばいいのか。
なにがしあわせなことなのか、人と人との交流とはどういうことを意味するのかと考える。
はちゃめちゃながら、まっすぐにしか生きることが父(自覚している)いる。
『人の物は盗まない、騙さない、嫉妬しない、威張らない、悪に加担しない、
そういうの、すべて守ってきたつもり。
唯一常識から外れたことがあるとしたら、それは、世間と合わせなかったってことだけでしょう。』
という母をそして父をみて、二郎は成長してゆくのだ。

「わけいっても、わけいっても、インド」 蔵前仁一 ★★★★
旅行者にとっては、インドはひときわ異彩を放つあこがれにみちた大地である。
題名は有名な山頭火の俳句のもじりだが、インドを旅する気分がよく表わされていると思う。
インド人とひとことにいうが、ネイティブな民族はかなりの数にのぼるという。
『3500年前、アーリア人がインド亜大陸に進入してくる以前にインドに住んでいた人々は、
南インドのドラヴィダ系とオーストロ=アジア系の人々だったといわれている。
こういったインド先住民を、インドでは「アディヴァシー」と呼んでいる。』
このアディヴァシーの描くミティラー画などの壁画を求めての旅なのである。
細密な絵は宗教的な意味も本来はあったのだろう。
ひろくアニミズムもふくむ神なるものへの畏怖の感情がこうした絵を書かせたのだ。
だから単なる民芸品ではないなにか神聖なるものに筆者はひかれたのではなかろうか。

5167ミティラー画

「悪魔を思い出す娘たち」 ローレンス・ライト 柏書房 ★★★★
ある日突然、自分の娘たちから長期間にわたる性的虐待の廉で訴えられたとしたら…。
しかも、まったく身に覚えがないことだとしたら、どうすればいいのだろうか。
これは本書の主人公ポール・イングラムの身に実際にふりかかったことなのである。
その娘たちも、あるとき突然虐待の記憶がよみがえってきたのである。
彼女らを支援するカウンセラーらはいう。
『虐待の記憶が存在しないことは虐待が起こらなかった証拠ではないとされる。』
それはそうであるが、では虐待があったのに記憶がないということはどういうことなのか。
『「忘れてしまうことで、子供たちはしばしば虐待に対処するのです」と』
殺人者が忘れてしまうことで、殺人を犯したことの罪の意識に対処することもあるのだろうか。
『自分を守るために精神的に逃避し、苦痛を精神の他の部分、
ときには他の人格のなかに隠蔽してしまう。
しかし、たとえそうだとしても、強制収容所の生活のような極度に残酷な経験をした子供たちは、
なぜ記憶を抑圧したり多重人格になったりしないのか?
五歳から十歳までのあいだに親が殺されるのを目撃した子供は
誰ひとりとして事件を忘れなかったという結果を示す研究も存在する。
なぜ、性的記憶に限って、これだけ記憶から消え去ってしまうのだろうか?』
理論はつねに検証され、あらたな疑問があるならばそれに答えなければならないのだ。
しかし、アメリカはつくづく極端なことが起こりうる社会なのだという印象がある。
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遠くに眺めるのも好きです。
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