ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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早春紀行(三十)ゆれる想い
 二度三度と歌声がとどろいて、しずかに幕が引かれてゆく。
なにかを成し遂げたというのではないのだが、こころが高揚するのはなぜだろう。
理論では動かしえなかった人のこころも、歌声にのせられてひとつに結びつく。
かたときの感動が、ぼくたちの魂とでも呼べばいいのだろうか、胸の奥をゆさぶりつづけた。
しかし、うち寄せる波は荒々しくても、引いてゆく潮はしずかである。
かなたの闇へとすべてはのみこまれてしまう。
あとには、なにごともなかったかのようなぽっかりとした空間が残るだけだ。
 虚しいとか空虚ということばではなく、もの哀しい気分でいた。
心臓はいまもドクンドクンと脈うつのだが、頭のなかはみょうに清明だった。
変に落ちついた気分のなかで、しずかに眠りに墜ちてゆくかのようなめまいを感じた。
世界がゆるやかに回りださないうちに、なにかしゃべらなくてはと気が急いた。
「ありがとうございました。みんなで歌うって気持ちよくないですか。
すこし疲れますけどね。案外体力をつかうんだってわかりますね。
ひよわではオペラ歌手にはなれないんですね。なにごとも、まず体力ということなんです。
しばらく休憩したいと思います。足ものばしてもらっていいですよ」
 ほっとした空気が伝わってくる。それぞれに隣り合ったもの同士の会話がはじまる。
さわさわと風がわたるように、人の声が部屋中に満ちていった。
 ぼくも大きく息を吐いて深呼吸した。部屋を満たしている汗のにおいがした。

「このあと、ここ三虎ユースホステルのペアレントである、おじさんの話があります。
せっかく三虎に来たんですから、是非じっくりと話を聞いて帰ってください。
きっと、なにかこれからのことに役に立つと思いますよ。すこし長くなるかも知れません。
気楽な感じで、でも人生の教訓に満ちているかもしれない話です。
おじさん、お願いします」
 と言ったのに、おじさんは部屋に入ってくる気配がない。どうしたのだろう。
囁いてくれる人がいた。おじさんは、まだ風呂の中であった。
「すみません。まだもう少しあとになるようなので、もうちょっとなにかやりましょうか。
それとも、ぼくの雑談でも聞いててもらいましょうかね。それじゃあ、寝具の説明をします」
スリーピングシーツと毛布を受け取って、説明することにした。
 まず、スリーピングシーツの使い方である。シーツを布団の上に敷きます。
筒状のシーツの片方に袋になっているところがあるので、ここには枕をいれます。
決してこのなかにはいって寝ようとはしないでください。無理です、狭すぎます。
必ず、シーツの中にはいって寝てください。敷いた横で寝ないでくださいね。
真面目な顔で説明すると、みんなが笑う。笑える要素はどこにでもあるものだ。
 毛布の畳み方の説明である。ユースホステルでは畳み方が決まっている。
これはドイツ式だと教わった。長手の辺を半分に折る。その辺をもう一度折る。
そして最後にそれを半分に折る。これは一般家庭のやり方とすこし違う。
収納するときには折り目が見えるようにしなければいけない。
どうしてかというと、数えやすいようにしておくのである。
こんなことでも、教えないときちんとできない。いやきちんとする経験を積んでいない。
笑わせながら、ポイントを押さえて説明する。静かにみんな聞いている。
やっと、おじさんが風呂から上がってきたようだ。

 おじさんは、にこやかな顔でみんなを見回しながら挨拶をした。
「みなさん、よう来てくれました…」
こう言って、おじさんの長い話が始まるのである。
若者たちの過ごす長い夜を、おじさんは自在にふわりふわりと飛びまわりながら。
吶々としたリズムで、ぼくたちの頭上にいくつもの言葉をこぼしていった。
 おじさんは、自分で納得していることしか話さない。若者に迎合したような話もしない。
あくまで自分の感じてきたこと、考えたこと、やってきたことを、ぼつりぽつりと語る。
能弁とはほど遠い。しかし、能弁が人の心をゆさぶるかというとそうでもない。
能弁はしばしば懐疑の対象となる。能弁ゆえに怪しまれるのである。
ものごとはそんなにすっぱりと割り切れるものだろうか。判断できるものなのか。
自分の来し方をながめてみれば、それはどうにも嘘っぽいと、眉唾物だと思う。
 逆説的に、おじさんの話は信用されるのである。話の内容がというよりは、人格がである。
人格の信用を得ると話の内容も信じる。順序が逆なのである。
人生における現象には、しばしばこういうことが起こる。それでこれといった不都合もない。
 そんなふうに信じるおじさんの話はこころに沁みいるのだろう。
熱心に聞きいっている女性がいる。この人もなにかを求めてここに来たにちがいない。
最後に自分で決断するまでは、人の話をできるだけ聞くのがよい。焦ることはない。
瀬戸内の闇の底で、真鍋島と三虎は夜更けていった。

3951ヤモリ
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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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