ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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夢判断
久しぶりに夢を見た。夢のなかでなんだかあたふたとしてうろたえてしまった。
いま考えてもあやふやでどうにも脈略のないものだったが、そのなかで出会った人には見覚えがある。
たしかにどこかで会ったなあ、などと思うまもなくものごとが進行しているのでいつまでも考えておれない。
とにかくいま起きてる事態になんとか対処しないといけないのだが、どうにも後手後手になってしまう。
なぜ後手にまわっていると知れるのかは、自分がその状況をみつめている位置にもいるからなのだ。
これは映画なのか、おれは監督になっているのか、それにしてはストーリーがなっていないな。
もしやおれが脚本も書いているとしたらと考えるとなんだか絶望的な気分にもなったが、そうでもないらしい。
その場で当事者でありながら、同時に客観的にみえる立場にもいるというのはどういうことだ。
それはこれが夢なのだからさ、と自分(というか夢を見てる本人)が言ったとたん、目が覚めた。

0026花を献げる

「ぼくの生物学講義 人間を知る手がかり」 日高敏隆 昭和堂 ★★★★
日高先生が亡くなられたのはもう一昨年の十一月のことになるのかと思うと感慨深いものがある。
昆虫が専門ではあったが、最先端の動物行動学関連書籍の紹介(翻訳)にも尽力されました。
手元にある本のなかにも多くの人が知っているものがたくさんありました。
「ソロモンの指環」コンラート・ローレンツ、「動物のことば」ティンベルヘン、「裸のサル」デズモンド・モリス、
「かくれた次元」エドワード・ホール、それに「利己的な遺伝子」リチャード・ドーキンスなどなど。
いまでもお弟子さんの竹内久美子さんは新説紹介(?)などでご活躍されております。
本書は精華大学での講義をまとめたものだとか、初心者にもわかりやす内容になっています。
『「思いつき」と「思い込み」ってのはやっぱりちょっと違うんで、
「思いつき」は想像=イマジネーション(imagination)の話だろうし、
「思い込み」の方はイリュージョン(illusion)と呼んでいます。
イリュージョンっていうのは辞書を引くと「錯覚」というふうに書いてあります。錯覚、とか錯視。
そういうこともあるけれども一般的には思い込みのことだと思っていいのではないか。
人間は非常にこのイリュージョンが強い動物らしくて、なんかを見た時にはそれを思い込んじゃうんですよね。』
このあたりは日高氏の面目躍如といったところではないだろうか、と思ったりして読みました。

「お言葉ですが… 別巻3 漢字検定のアホらしさ」 高島俊男 連合出版 ★★★★
高島さんは、アヤシゲな「検定」という題でこう書いておられる。
『「アヤシゲな」というのは、金がもうかりすぎて不可解な支出をしたから、というのではない。
人の「漢字能力」を「検定」してやろうというのが、正常な感覚から見るとアヤシゲだからである。
無論「検定」していただこうというほうもかなりアヤシゲである。
ところがこのアヤシゲな団体のアヤシゲな検定が、平成四年に文部省認定の資格になり、
いまでは大学や短大の入学試験につかわれている、つまり公教育の一角にくいこんでいるのだそうだ。』
とにかく自己責任をさけようとする姿勢は、世のなかに蔓延しているのだろうか。
『漢字検定は」ただのパズルである。
それも実用的学術的意義があるかのようによそおっているだけにたちのわるいパズルである。
こんなパズルを文部科学省が、何か学術的意義があるかと思って社会にむかって推薦している
のだとすれば、その見識が問われる。』
パズルをパズルとして楽しむのはいいが、なにか勘違いがはびこっているようにも思えるのである。

「セックスウォッチング」 デズモンド・モリス 平凡社 ★★★
ヒトには女(メス)と男(オス)があって、どちらが優れているとか、虐げられているとこかといわれてきた。
だがモリス氏の考えはこうである。
『われわれの祖先は、100万年以上にわたって、男女が平等な状態でくらしていたことはほぼ間違いない。
これは男女が同じだったということではない。
それどころか、男女の分業がすすみ、この分業によって根の深い、生得的な違いが生じた。
ジェンダーのバランスはあったが、ジェンダーを汚すものはなかった。
構造上も行動上も無数のこまかな点で、男はより男らしく、女はより女らしくなった。
理想的な環境でみられるはずの完全なバランスを理解するには、これらの違いを調べることが重要である。
また、このバランスが現代生活によってどのように乱されてきたかを研究することも重要である。』
監修者あとがきで日高敏隆氏はこう書いている。
『昆虫などでは発生的多型は、卵、幼虫、サナギ、成虫と、信じられないほどのものとなっている。
そのどれが本当の姿かといわれても答えようはない。モンシロチョウの卵も幼虫もサナギも親のチョウも、
どれもモンシロチョウであって、どれが本当のモンシロチョウであるというわけではない。』
どれも自分であって、どれが本当の自分であるというわけではない、とも言えるのかな。
自分探し、あるいはほんとうの自分がどこかにいるはずだと思っていらっしゃるみなさん、どうでしょう。
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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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