ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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早春紀行(三十一)校庭で
 彼女のことを見つけることが出来ないまま、いつしか眠りに落ちていった。
そのことに気づいたのは翌朝目覚めてからのことだ。
まばゆい陽の光が窓の隙間から幾条かさしこんでいる。
あたりはがやがやと朝の喧噪がはじまっていた。
ぼくは飛び起きて落ちつかない気分のままに海岸へとやってきた。
 三月中旬といっても瀬戸内のやわらかな太陽の下ではすべてが春めいている。
ぼくは古い記憶を反芻していた。心臓の鼓動がどくどくと頭の奥に響いている。
どうすればいいのだろう。平生はえらそうなことばかり言ってるぼくなのだが…。
こんな経験、いままでになかったろうか。そうだ、中学校のあのとき以来だ。

1624汀

 ぼくは中学校の校庭でバスケットボールを手にぼんやりと立っていた。
コートの隅で対角線をたどったむこうに、後ろ姿の女生徒を見ていた。
何人かで話をしているようで表情は見えなかったが、笑顔がすてきなんだ。
 女生徒は女子バレーボール部で、おまけに生徒会副会長をしていた。
学年はひとつ下だった。姓は知っていたが名前は知らなかった。
友だちの会話をひろい集めて、やっとその名前を知ることができた。「EIKO」、といった。
すらりと背が高くて、背筋がのびて姿勢がいいから歩く姿もかっこうがよかった。
眼がくりっとしていて、整った顔立ちは誰にでも好印象をあたえる美人だった。
博多人形のようなかわいらしさ、精神までもが端正であるかのようだ。
ぼくはつぶらな瞳というのは子どもっぽいと思いこんでいたので、好きじゃなかった。
女性の目は断然切れ長で、できれば一重まぶたがいい。
友だちはおかしいというのだが、こればっかりは好みの問題だ。絶対に譲れない。
しかし彼女だけは別だった。例外である。そんな自己基準などくそくらえだ。
人生にはなんと例外が多いことだろう、ことあるごとにそう思った。
 一方のぼく自身はというと、背が低く痩せっぽっちで色が黒くて、眼だけがぎょろりとしている。
どう考えても格好よくはなかった。しょうがないやんか、といつも足元の石を蹴っていた。
そんなときだったろうか、友だちがバスケットボール部にはいるからぼくにもいっしょにはいろうと誘った。
背が高くなるには運動しかないと考えたぼくは、ふたつ返事で入部することにした。
クラブの練習は炎天下のグランドを走るばかり、のどがからからに渇いてつらかった。
当時、運動中は絶対に水を飲んではいけない、というのが不文律であり常識だった。
飲むと腹が痛くなるというのだ。夏休みの練習など、とくにのどが渇く。
便所に行ってきますといって、先輩に断って校舎のなかのひんやりとした便所に行った。
なんだか汚いなとは思いながらも、その便所内の水道の蛇口から口づけで水を飲んだ。
鉄管の錆びたような味がした。生ぬるい水だったが人ここちがついた。
あわててユニホームが濡れていないか点検して、なにげない顔で練習にもどった。
ランニングをはじめるとお腹が痛くなるかと思ったが、そんなこともなかった。
あとでみんなに聞いたら、誰もがそうしていた。先輩もそうしているようだった。
 そのバスケット・コートの横が、女子バレーボール部の練習コートだった。
ぼくたちの練習している横で、彼女らは黄色い声をあげていた。
「ファイトー、ファイトー」語尾をのばすその声がいまもぼくの脳裏にこだまする。
 不思議なことに彼女のユニホーム姿の記憶がない。
他の部員の練習風景は思いだせるのに、彼女の姿はそこにはない。
もしかして、ぼくの勘違いだろうか。青春とスポーツのイメージに惑わされたのか。
すらりとユニホームが似合いそうだが、運動のできそうな感じはしないな。
 バスケットボールのゴールポストの鉄パイプによりかかって、友人と話している。
にこやかな笑みをみせて楽しげに語らう姿がいまも目にうかぶ。
体調をくずしたのだろうか、バレーボール部の練習風景を見つめている。
思いだすのはいつもこの光景だ。もちろん制服姿だった。
紺のブレザーの上着に紺のプリーツスカート。全体にやぼったい印象の制服だった。
しかし彼女が身につけると、可憐、清楚、輝くようなスタイルにみえるのだ。
 そんな彼女、男子バレーボール部の同級生と付きあっているときいた。
噂話だから真偽ははっきりしないのだが、すくなからずがっかりした。
世界がすこし色褪せてみえた。そのときはじめて彼女のことが好きなんだと気づいた。
告白なんてとてもじゃないし、そんなことを考えることすらできないぼくだが、おおいに落胆した。
だが、そいつはいわゆる格好いい男ではなかったのですこしホッとしもした。
真面目なやつかなとも思ったりしたが、そんなことでぼく自身が慰められるわけはない。
男を外見で選ばない人という印象が、ぼくをさらにやるせなくした。
 ぼくは一年早く卒業して、県立の工業高校の電気科に進学した。
その一年後、彼女は私立の女子高校に進学したと風の噂にきいた。
KM女学院、校名を聞くとこころがふるえた。今日まで一度も出会うことはなかった。
 彼女はいまごろどうしているんだろうな、と懐かしいような気分になる。
声もかけず話もしたことがないのにとすこしおかしくなって、さみしくひとりで笑った。
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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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