ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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イイソコマチガイ
人間だれしもあわてたり勢いこんだりすると、どうしても言いまちがったりすることがあるものだ。
そこには無意識が隠されているとジグムント・フロイトは言ったのだが、それとは別におもしろさもある。
ことわざとかでことばの順序が逆になったり、動詞があべこべにくっついたりしてしまうのだ。
それで意味が通じないということはなくて、かえって新たな視点を感じられたりすることもある。
「ヨシノ ソメイってきれいね」
「それ、だれ?アイドルなの、歌手なの?」
「桜のことじゃない」
「えっ、もしかして、ソメイ ヨシノのこと」
「そうそう、そのヨシノ」
「……」
だからあなどれない人物はそこを逆手にとってわざとまちがえる、などというテクニックをつかったりする。
この「あら、言いそこ間違いよ」というのは関西人なら理解できるだろうが、かといって方言ではない。
かって異才をはなっていた漫才師鳳啓助(相方は京唄子)がおどけて苦し紛れにいうギャグである。

4138散歩猫

「ドコバラ! シワの多いイケメン、大食い、美人薄命の謎」 竹内久美子 ★★★
このタイトルの「ドコバラ」ってどういう意味なんだろうと思うが、本のなかにはでてこない。
インターネットで調べてやっとわかった「ドウブツ コウドウガク バラエティ」とのことだとか。
ドコまで、ねたバラしができるか、なのかなと考えていたので肩すかしをくらった感じだ。
それはさておき、読者(週刊文春)からの疑問に動物行動学の見地から答えるというもの。
なかでも卵に関する白身と黄身のところで、ほーと反応してしまったのである。
『卵の鮮度を見分ける方法としてよく知られているのは、生卵を割ったときの黄身の盛り上がり方でしょう。
もちろんよく盛り上がっている方が新しい。
お肌と同じで水分たっぷりで張りがあるのかと思ったら、逆でした。
卵は産み落とされてから時間が経てば経つほど、白身から黄身へと水分が移動する。
水気が増すと、盛り上がりにくくなるのです。』
なるほど、でこの黄身と白身だけど一方的に片方だけしか食べないという人がいたりする。
黄身は有精卵の栄養源だし微生物のターゲットになりやすいが、白身の役目はどこにあるのか。
『黄身は常に中心にあって、白身がしっかり取り囲んでいる。
その白身には、件の溶菌作用のあるリゾチームの他に、微生物の持っているタンパク分解酵素の作用を
阻害する、オボムコイドやヒビター、鉄(Fe)と結合して微生物の生育を阻害する、コナルブミンといった、
微生物に対抗するためのタンパク質が含まれている。』
白身は重要な役目をになっていたわけだ。で、ゆで卵の殻がむけにくいこともあるよね。
『卵が新鮮なうちは内側から、クチクラという薄い膜で裏打ちされていて、水や二酸化炭素、
酸素のような分子は通れても、微生物は通れない。
ところが古くなるとクチクラがはがれ落ち、穴は開通。微生物が侵入できるようになる。
……
つるりとむけるのは、クチクラがはがれ落ちているから。
それは古い卵なのです!』
それで外で食べるゆで卵のつるつるしてる理由がわかるような気がする(笑)。

「街場のマンガ論」 内田樹 小学館 ★★★★
マンガの意味論は、「マンガをもっと読みなさい」 養老孟司 牧野圭一 晃洋書房をご参照いただきたい。
ここでは内田氏のマンガ経験が多く語られている。だが、ときに言いたいことがでてくるのはやむをえない。
『人は幸福に生きるべきだ、と人は言う。私もそう思う。でも、たぶん「幸福」の定義が少し違う。
そつどつねに「死に臨んで悔いがない」状態、それを私は「幸福」と呼びたいと思う。
幸福な人とは、快楽とは「いつか終わる」ものだということを知っていて、だからこそ、
「終わり」までのすべての瞬間をていねいに生きる人のことだ。
だから、「終わりですよ」と言われたら、「あ、そうですか。はいはい」というふうに気楽なリアクションができる。
それが「幸福な人」である。
「終わり」を告げられてもじたばたと「やだやだ、もっと生きて、もっと快楽を窮め尽くしたい」と騒ぎ立てる人は、
そのあと生き続けてもあまり幸福になることはできないだろう。
幸福な人は、自分が幸福なだけでなく、他人を幸福にする。』
そんなふうにありたいとは思っているが、なかなかむずかしいものですよね(笑)。
巻末の対談で、養老先生がこんなことをおっしゃっていた。
『僕は手塚治虫の『どろろ』が大好きなんですが、あの人のホラーってよくできているでしょう。
あれを外国人だと、言葉にしちゃうんですよね。
言葉が高級だという、非常に強い偏見を持っていますから。
マンガが、それこそサブカルチャー、サブカルってよく言われるんですけど、
マンガのサブカル性って絶対大事にしなきゃいけないって、いつも言ってるんですよ。』
「どろろ」いいですね、わたしも手塚作品のなかではこれが大好きです。
なぜ題名がどろろなんだ、主人公は百鬼丸じゃないかと思われる方は、まだ読みが浅い(笑)。

「エコー・パーク」(上)(下) マイクル・コナリー 講談社文庫 ★★★★
ヒエロニムス(ハリー)・ボッシュのシリーズ第十二作目となる
いちど私立探偵をしていたボッシュだが限界を感じ、再びロス市警・未解決事件班の刑事にもどっている。
パトロール警官が不審車両の職務質問で、ゴミ袋に女性二人のばらばら死体を隠す殺人犯を偶然逮捕した。
レイナード・ウェイツなる殺人犯の自白にボッシュが十三年前に捜査未解決事件の被害者の名があった。
それまで執拗に追いつめようとしていた容疑者は無実だったのか。
いよいよ死体を埋めたという現場検証で事件の全容が究明されるというとき、連続殺人犯は逃亡してしまう。
ここから事件の様相は二転三転して、まさしくミステリの醍醐味をあじわえるのだが…。
『ボッシュは、自分のことを真の刑事だとみなしていた。
あらゆることをうちに取りこみ、心を配る人間である、と。
だれもが価値がある。さもなければ、だれも価値がない。』
そんな信念の刑事だから、ミスをおかしたと気づいたきには人一倍傷ついてしまうのも事実である。
アメリカ特有の(日本にはない)答弁取引(自白の代わりに減刑を)の問題などあって複雑になっている。
だが、ストーリーの展開には息をものませるものがあり、さすがというほかはない一作である。
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遠くに眺めるのも好きです。
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