ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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早春紀行(四十八)人生足別離
 そろそろみんなが乗りこむ定期船の時間が迫ってきていた。
小脇にマーガレットの花束を抱えこんで玄関前を出ていく人たちがいる。
笑い声がこぼれ落ちるような春の日は、すこしづつあわただしい空気につつまれていった。
 三々五々に小グループとなってユースホステル横にのびる急坂の小道を登っていく。
登りきったところ、誰ともなく名づけられた見返り峠でしばらく立ち止まる。
ふりかえって見下ろすと、元小学校の建物は瓦屋根に光を反射していた。
佐柳島へとつながる海面は春の光できらきらと輝いている。
風もあまり吹かない暖かな斜面にはモンシロチョウがひらひらと飛んでいる。
物干し台で洗濯物をほすおばさんの姿をいち早く見つけて声をあげる。
「あっ、おばさんだ。おばさーん、また来るからね」
「おばさーん、元気でね」
 おばさんは洗濯物をほす手を休めて、こちらに手をふってくれる。
にこにことした表情がぼくたちにはよく見える。
手をふりながら声をあげるぼくたちだが、けっして「さようなら」とは言わない。
「さようなら」は「さみしすぎる」し、きっとまた「帰ってくる」のだから。
ぼくたちの声は真鍋の上空にこだまして、また降り落ちてくるかのようだ。

 すこしずつしかし確実に若者の集団は港へと移動している。
やわらかな春の日射しがまんべんなく若者たちに降りそそいでいる。
空気のすんだ青い空には上昇気流にのって飛翔しつづける鳶がいる。
円弧をなぞるような曲線を描いてさらに高くへと舞いあがっていく。
若者たちは本浦の港をめざして蟻の行進さながら小道をうねうねと歩いていく。
 ひと足ごと港へ近づくのだが、それは同時にTさんとの別れを意味する。
陽光の暖かさとは裏腹に、ぼくの気持ちはさみしさでいっぱいだった。
出会った瞬間から、いつかはくる別れのときを覚悟してはいた。
できることなら限りなく先にのばしたいのだが、現実はそうは進まない。
歩きながら話す言葉もたよりがなくて、なにを話しているのかさえわからない始末だ。
道沿いの草むらをとおして港がかすかに見えてきた。
すでに港へと到着した人の姿が小さいながらもはっきりわかる。
 下り勾配にさしかかってきた。体重は前にかかり気味で歩調もはやくなる。
とんとんと坂を下り降りた家の前からは道も平坦になっている。
足元の注意から解放されて、またもやにぎやかな話し声が復活する。
肩の荷物をかけなおすと、気持ちもいよいよ帰るかという気分になる。

 乗船券売り場は花束をかかえた若者たちで大混雑である。
一足先に港についた連中は、ひとっ走りして紙テープを買ってきていた。
紅、白、青、紫、黄色と、どぎつい色のテープが買い物かごにたくさん入っていた。
帰る船に乗りこんだ連中は荷物を座席におくと、全員上甲板にあがってきた。
船と桟橋のぼくたちとの間にはたよりない紙テープの橋が何十本も架けられた。
荷卸しにたち働く島のおばさんと乗りこむ人たちのすぐわきで、ぼくは立っていた。
防寒ジャンパーのなかに、山陰でもらった浮玉を隠しもっていた。
Tさんをさがすと彼女も甲板にいた。そして首には蔓のリングがあった。
そっと船に近づいてガラスの浮玉を彼女に手わたした。
「これ、あげるわ。ぼくが持っていても似あわんから…」
「ほんとうにいいんですか。きれいな色してますね」
 と言いながら、薄青色に光る浮玉をまわし光にかざした。
「山陰の日本海でイカ漁のときに使うものらしいんや。
暗くて冷たい海に浮かんでいたのやろうな」
「そうでしょうね。冬のイカ漁ってすごく大変そうですね」
 浮玉を見つめつつ、すこし下唇をかんで言った。
なにを話せばいいのかわからない。時間ばかりが気にかかる。
あとすこしで彼女の乗った船は出ていくんだ。
なにか話さなくてはいけないと思うが、言葉はなかなか出てこなかった。
笑いながら、見つめているしかなかった。
それでも、やっと声をかけた。
「勉強もしっかり頑張らなあかんで。元気でな」
「ムッシュも、お元気で」

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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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