ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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下手の考え休むに似たり
夏の縁台将棋では、それまでは軽口をたたいていたのが急に進退きわまってうーむと考えこんでしまう。
すかさず対戦相手が余裕しゃくしゃくといった雰囲気をただよわせながら、こう言ったものだった。
それでますますかっとなって、なにがなんだかわからないうちについ悪手を指してしまうのだ。
「待った」とでも口走ろうものならば、ますます図に乗って何手までお待ちましょうかなどというだろう。
それをぐっとこらえながら、ならぬ堪忍するが堪忍とこころのうちに唱えつつじっと盤面をみる。
ところが岡目八目とはよくいったもので、傍らで見ているものには余程状況がよくわかるのである。
思わずこう指せばこうなりますよと言いたいところだが、それを言っちゃあ万事おしまいなのだ。
そんな夜の光景を思いだすのだが、家のなかよりは外のほうが涼しかったから遅くまで遊んでいた。
クーラーがなくてもすごせたのは、クーラー(の排熱)がないせいでもあったのだ、といまでは思う。

4495マガモの逆立ち

「ロハスの思考」 福岡伸一 木楽舎 ★★★★
ロハスとは、Lifestyles Of Health And Sustainabilityの頭文字をとった言葉である。
健康と持続可能性に配慮したライフスタイルのことをいう。ロハス的な価値観をもって行動しようというのだ。
だが、人々は容易に単純な論理に組してしまう。たとえば、なにを含む食物は身体にいいとかといったこと。
『私たちの食べ物はどんなものであっても、もともとは他の生物の一部であったものだ。
したがって、そこには他の生物の身体を構成していた〝情報〟が残されている。
このような情報が直接、私たちの身体に侵入してくると、情報の干渉や混乱が起こることになる。
そこで私たちは消化システムによって、
他の生物が持っていた情報を完全に解体してから身体に吸収するようにしているのだ。
タンパク質情報を、アルファベットのレベルにまで分解し、意味を解体する。
また情報の中には、ちょうどコンピュータウイルスのような偽情報が混入してくることもある。
同じOSを使っているとコンピュータウイルスに感染してしまうように、似たような文法システムを使っていると、
病原体や毒素が消化システムをかいくぐって乗り移ってくる可能性もある。
狂牛病原体やSARS、鳥インフルエンザなどが他の動物からやってきたのもこのためである。
もちろんここには、様々な人為的操作が病原体の拡大を助長してきたという側面も見逃すことができない。』
どうすればいいんでしょうね(笑)。
『なぜ、私たちは他の生命を奪ってまで食物をとり続けなければならないのだろうか。
それは生きるということが、私たち自身の身体を、地球における分子の大循環の中にさらして、
環境そのものに参加するということにほかならないからである。
そのとき環境は、私たちの体の中を通り抜けていく。
環境を考えることは、私たち自身の在り方を考えるということである。』
こうしたことを読むとき輪廻とはどういうことをいうのか、生きるとはを考える参考になるのではないか。

「武」 甲野善紀 井上雄彦 宝島社 ★★★
甲野氏のことを知ったのは養老先生との対談本でだったが、一読こういう人がいるのだなと感嘆した。
井上雄彦さんはマンガ「スラムダンク」(名前だけは知っている)の著者で有名な方であるという。
彼は「バカボンド」という宮本武蔵の生涯をえがいた作品を執筆中(対談当時)でもあり対談が実現した。
甲野氏の語る武術のこと、その動き実践は多くのスポーツ選手や指導者にも注目されている。
『よく「正しい基本を身につけよう。応用は上手になってから」と言われますが、実はなんの根拠もない。
教える側が自分たちの権威を押し付けたいだけというのが真相だと思います。
……
多くの人は「基本は大切」と言いますが、実は「大切らしい」という程度で、
実感はないまま、指導者の対面を保つためにそう言っているだけでしょう。
現実には〝正しい〟基本を身につけたせいで、先にいけないことの方が多いのではないでしょうか。』
いままでなんの疑問もなくそうだと思っていたことを甲野氏はちがうのではという。
そんな彼がなぜ武術の道にすすもうと考えたのか、こうおっしゃるのを聞けば武人だと納得するだろう。
『そもそも人生は「どうせ死ぬのに生きている」という矛盾そのものです。それを矛盾のまま、受け入れる。
そして、受け入れているときには矛盾を感じない状態でなければならない。
これは言葉の上でのことですが、それを実践するには体感するしかないだろうと考えました。』

「江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する」 養老孟司 徳川恒孝 PHP研究所 ★★★
養老先生の対談本を読むといつも感じることがあり、飽きることがないのが不思議だ。
対談相手も同じように思っているうのだろうが、勉強させていただいたという感謝の思いがつよい。
どうのような問題にも、まさに変幻万化に答えをあるいはアプローチのしかたをご教示いただくのだ。
『いまの日本では、人を育てるといえば、「それが何のために役立つのか」とすぐなってしまい、
それを「能力主義」と称しています。
でも、本当はそんなことは取るに足らないものであり、
「これだけ人がいるのだから、一人ひとりの能力をできる限り活かしていこう」というのが、
もともとの日本社会の姿でした。
その意味で、「一人ひとりの人間が、その人なりにいかに完成するか」という価値観を、
日本人は取り戻さなければなりません。
そういう「修行」がないから、政治家が品のない人相になってしまう。』
何の役に立つのかは、どれだけ経済効果があるのか(儲かるのか)という問いとおなじようにきこえる。
役に立つか立たないかわからないことでも、やってみようという気が社会になくなってしまったのだろうか。
『私は、日本は古いアメリカだと主張しています。ご承知のとおり、数万年のスパンで見ると、
かつて日本にはユーラシア大陸のあちらこちらから、さまざまな人々が渡ってきました。
つまり長い歴史で見れば、日本人はある意味で「外来者」であり、
僕自身もミトコンドリアDNAを調べてもらったところ、母方のルーツは中国南部でした。
いまでは、そういうことがわかるわけです。
遺伝子を調べていくと、人類はアフリカ大陸から少なくとも三回、移動を繰り返しているといいます。
その三回の移動で伝えられた遺伝子をすべて受け継いでいる地域は、世界で日本だけ。
だとすれば、数万年のスパンで見れば、
日本は結局、移民で成り立っている国であり、古いアメリカ合衆国だともいえるわけです。
逆に、アメリカがうんと古くなって、そこから何千年か経って国が成熟すると、日本になるといえないくもない。
聖徳太子が西暦六〇四年に「十七条憲法」わ定め、「和を以って尊しとなす」といったのはなぜか。
おそらく生い立ちの違う人々が集まり、喧嘩ばかりしていたからです。
記録には残っていませんが、その反省をもとに、和を尊ぶ日本社会をつくってきたことが、
われわれの血脈になっているのだと思います。』
国家中心主義というのは新興宗教みたいなものなんだな、と思わざるをえないのであります。
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遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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