ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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大広間で読書
だだっ広い空間におかれると人はどこにいくか。心理学のテストにでてきそうである。部屋の中心に
座る人はごくまれである。精神が破綻しているか天邪鬼か、それとも心理学をかじっているか。ヒト
も含めて動物はいつも敵・捕食者を警戒している。背後は死角になりできれば消したいと思う。その
点からいえばゴルゴ13が常に壁を背中側に意識して立ち位置を決めているのは至極自然である。だ
からというわけでもないが、そのときは部屋の隅に座った。静かである。こういうときなにをするか。
それは人さまざまである。わたしは当然ながら持参している本を読む。しかし静か過ぎると逆に落ち
着かない気分になる。まだまだ心頭滅却できていないと反省する。反省はするのであるが、場面が転
換すればたちどころに忘却する。廊下を歩くコツコツと響く靴音がしたのだ。軽い感じから女性だと
知れる。さわさわとこころに波が立つ。だれなんだだろうか。もう読書どころではなくなっていた。

N9946セグロセキレイ

「お言葉ですが… 別巻7 本はおもしろければよい」 高島俊男 連合出版 ★★★★
高島さんの本はいつ読んでもおもしろい。もうこれが最後になるのかと思うととても残念だ。もちろ
ん、すべてが正しいなんて思って読んではいない。だけどその姿勢が好きだ。媚びることがない。高
島さんは思ったことあるいは考えを歯に衣着せないでずけずけと書く。もちろん自分の思い違いがあ
ったり、まちがいの指摘に納得すればすなおに訂正、わびる。そんなときには素直に自分の非を認め
る。それになんの躊躇もない。そのあたりが実にすがすがしい。どこかの新聞社とはおおちがいであ
る。人間だれしもまちがうことがあるというのは人生の大前提だと思う。それを決して認めない政治
家もいる。しかも自分はその範疇外であるらしい。なるほどと思う。いろんな世界があるものだとあ
る意味感心もするのである。まあ、それはさておき本書である。
『「男の子は強い兵隊さんになって憎いアメリカをやっつけ、天皇陛下に命を捧げましょう」「女の
子は強い兵隊さんを生む強いお母さんになりましょう」の時代である。
 先ごろ本を読んでいたら「戦争中の男の子は、陸軍大将、海軍大将になるのを夢見ていた」と書い
てあったので、あきれると共に腹が立った。書いたのは戦後生れの、戦争中の緊迫した空気なんか全
然知らないやつだろう。
 少くとも対米英戦争中にそんな悠長なことを考えていた男の子はいない。予科練(海軍少年飛行兵
養成校)に何万という少年が殺到したのでもわかる。予科練は海軍大将を育てる学校ではない。すぐ
飛行機を操縦してアメリカ艦隊に突っこんでゆく少年飛行兵を作る学校である。飛行機乗りが一番の
人気だったが、そうでなくても男のなら兵隊になるにきまっていた。』
こういう文章はなかなか書けない。そういう視点がもてないからである。ニュートンではないが巨人
の肩に乗っているという謙虚な気持ちがない。われは大将なのだろう。大将がひとりいたとして、そ
れがなにになるというのかがわからないのだろう。かなり脱線している。本書には書評も掲載されて
いる。いろいろと興味をひかれる本がある。こうして読書の世界はひろがっていくのだ。

「灰色の魂」 フィリップ・クローデル 高橋啓訳 みすず書房 ★★★
ときは第一次世界大戦のころ。舞台はフランスは北東部の田舎町のようだ。この本がベストセラーに
なったというのがにわかには信じられないのだ。そのあたりのフランス人の感性なるものがよくわか
らない。読みながらなにを訴えているのだろうかと考えるのである。これははたしてミステリなのだ
ろうか。そういう疑問がわくあたりがミステリだといえなくもないが。冒頭に少女の死がでてくる。
その後に登場するピエール=アンジュ・デスティナなる検察官がストーリーの中心になる。だが続く
文章は少女とどう関係しているのかがいまひとつわからないまま話は続く。語り手は刑事らしいとい
うことが後半になってわかってくるが魅力的なキャラクターでもない。いろんな出来事が脈略もない
よう感じで次々に展開される。現実もそういうものなのではないかといわれればそうだとしか答えら
れない。二十世紀の話だとも思えなくて、なぜかディケンズやロシア文学にでてくる世界のようだ。
しかしストーリーは重苦しい。原文はどうなのかわからないが日本語がこなれた文章になっていない。
ほんとうにこんな文なのかと疑問もわく。読み終わった後には疲労感だけが残った。そして他にはな
にも残らなかった。こういう小説があってももちろんかまわないとは思う。


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壁にもたれて読書
入口脇の壁にもたれて本を読んでいた。なぜそんなところでというと、ぽかぽかと暖かい日差しがあ
ったからなのだ。しばらくすると、反対側の壁にひとりやってきた。知っている女性だったので軽く
会釈して読み続けた。ふと目をあげると彼女がじっとこちらを見ていた。どうかしましたかと訊いた。
すると笑いながらわたしの足元を指さした。いつのまにかそこには三毛猫がうずくまっていた。目を
細めてこちらを見る。やがておおきく伸びをした。しかしひとことも鳴かない。あっけにとられてい
ると、彼女はこういった。ネコに人気があるんですね。ネコに好かれる人はいい人だっていいますよ。
そうなんですか。じゃあ女性にも好かれますかね、と問うた。さあどうなんでしょうね、わたしはそ
んな男性好ましいと思いますけど、と微笑む。じゃあ、ぼくなんかと言おうとすると。ネコは急に立
ちあがりすたすたと歩きだし、ふたりの中間まで行くとわたしを振りかえって「にゃあ」と鳴いた。

N0004鎮魂の街


「リスボンへの夜行列車」 パスカル・メルシエ 浅井晶子訳 早川書房 ★★★★★
物語のはじまりの舞台はスイスのベルン。主人公はギナジウムの古典文献学教師だが学者といってい
いほどの学識を持つライムント・グレゴリウス、五十七歳。ラテン語、ギリシア語、ヘブライ語に精
通している。いつもの朝、カントのように決まりきった時間に学校へと向かう。通りがかったキルヒ
ェンフェルト橋にいまにも身投げしそうな女性に遭遇する。雨に濡れた彼女の口からこぼれる「ポル
トゥゲーシュ」ということばの響きに魅了されるのだ。ことばは意味だけで成立していない。詩や音
楽もそうだが音の響きがこころをゆさぶることがあるのも事実である。そこからそれまで考えたこと
もなかったと思っていたものがあらわれてくる。彼の人生は急展開していくのだ。とある古書店でア
マデウ・デ・プラド「言葉の金細工師」という本にであうのも偶然ではないのかもしれない。グレゴ
リウスは散々迷ったあげくリスボンへと向かうことを決意する。ベルンからパリそしてリスボンへと
夜行列車の旅がはじまる。これは彼の人生とはなんだろうという旅のはじまりでもある。現代の人々
は哲学などなんの役に立つのかと考えている。しかし人生の岐路に立つとき、どちらへ踏みだすのか
を決めるのはその人の哲学・人生観なのだと気づくのだ。アマデウ・デ・プラドが生きた人生をたど
りつつ自分の人生も省みている自己を見いだすのだ。アマデウは人気のある医者だった。だがあると
き、虐殺者と呼ばれていた秘密警察のルイス・ルイス・メンデスの命を救う。その日以来、人々は彼
を避けるようになった。彼は苦しみ、レジスタンスとして活動するようになったのだ。
『人は静寂に耐えられない――プラドの短い一節にはそうあった。静寂に耐えることは、自らに耐え
ることを意味するのだ。』
『若いころには誰もが、まるで不死であるかのように生きるものだ。我々は死すべき存在だという知
識は、紙でできたかさかさのリボンのように我々に巻きつけられているが、それが肌に触れることは
ほとんどない。それが変わるのは、人生のどの時点でだろう? 最後には我々を窒息させるそのリボ
ンがきつく巻かれ始めるのは、いつなのだろう? そのかすかな、しかしたゆまぬ圧力に、人はどう
やって気づくのだろう? リボンがもう二度と緩むことはないと我々に知らせるその圧力に。』
旅は人生のようでもあり、人生は旅の繰り返しとも思える。ときに有限な人生を考えてみることをこ
の小説で再確認する。
『親密さとは、蜃気楼のようにはかなく、人を惑わすものだ、とプラドは書いていた。』
『人生とは、我々の現に生きているものではなく、生きていると想像しているものだ。プラドはそう
書いていた。』
ベストセラーにたいしたものはないという通説を覆すにたる小説だと思う。読んで悔やむか、読まな
いでいるかはあなたの決断である。どちらにせよ判断をくださなければならないことに変わりはない。

「婚活疲労症候群」 高村恵 マガジンハウス ★★★★
現代はなにごとも能動的に活動をおこさなければならない。就活、恋活、そして婚活時代がある。結
婚は自ら活動をはじめなければできるものではない。そう思っている人も多い。結婚するには異性と
の出会いが必須である。職場だけではなくお見合いパーティ、ネット型婚活サービス、結婚相談所な
どなど可能な限り場をひろげることが大切なのだ。ある意味、気軽に出会えるのである。だが、それ
は両刃の剣でもある。気軽に、断ったり断られたりすることも意味しているからである。お見合いで
あるから双方には条件がある。たがいに条件が合えばゴールへと向かえるが、現実はなかなか厳しい。
それに気にいった人がいたとして、もっといい人がいるかもしれないと思う。欲望ははてしもなくひ
ろがっていくのである。そしていつか気がつけば、最初の人がよかったかもしれないと思う。だけど
時間は戻すことができない。そして疲労ばかりが蓄積していく。こうした婚活の状況のなか、二〇〇
九年一二月、東京都墨田区にある河本メンタルクリニック内に、婚活によって精神的なダメージを受
けた方を対象とする「婚活疲労外来」が開設されたのである。婚活では断られることもあるのだが。
『そうすると、当の本人は、あれこれとあらゆる角度から自分を評価してしまい(全方位的評価)、
その結果、自分の全人格が否定されたように感じてしまうのです。』
気にしなければいいというのわかるのだが、気にしてしまうのである。真面目な人のほうが陥り易い
のはわかるだろう。そこまで深刻に考えなくてもとはたは思うが、本人は真剣に悩むのである。結婚
なんてしてもしなくてもいいのではないか、と考えられる人「婚活疲労症候群」には陥らない。しか
しまわりは幸せそうな結婚をしていくなか、孤高を保つ精神力を発揮するのは並大抵ではない。見合
結婚中心時代から恋愛結婚時代へ。そして現代は婚活結婚時代になってきたのだろうか。


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蒲団部屋で読書
狭い空間のなか白熱電球のオレンジの灯かりがゆれる。積みあげられた蒲団に頭をあずけて寝転がっ
ていた。天井は暗くて見えない。ずいぶん前からあることを考えてはいたのだ。狭い空間がこころを
落ち着けてくれる。いや、こころが落ち着くから狭い空間でも気にならないのだろう。どちらでもい
い。だが、ものごとはそういうことばかりではない。どちらかに決めなくてはならないこともある。
決断はいつも時間的制約とともにあった。今回もそうだ。残された時間はどのくらいだろうか。それ
でも不決断に文庫本を拾い読みしていた。階段をだれかが上ってくる足音が聞こえた。だれだろうか。
部屋の前でとまった。すぐに開くかと思ったがそうはならなかった。その時間が緊張を呼び起こす。
ガタガタと戸が開けられた。どうかしたの、だいじょうぶ。だいじょうぶだけど。昼ごはん食べない
の。なに。カレーだけど。もうこれで七日連続なんだけどなあ。じゃあ、よす。やっぱり食べるわ。

N0022ルミナリエ2017

「渋谷の農家」 小倉崇 本の雑誌社 ★★★★
渋谷で農家、というのに世間の人は違和感があるのだろうか。土地の価格が高いから農業は割に合わ
ないということなのだろう。住宅の場合には、戸建でなく集合住宅にしてその問題を乗り越える。農
業ならどうなるのか。まあ物好きなお方の道楽なのか。まてよ、ビルの屋上にという手もある。読む
前にいろいろ考えてみる。さて本書を読みながらいろいろと考える。現代の農業には化学肥料と農薬
の問題がかならずつきまとう。江戸時代なら肥溜めによる循環型農業が主流だった。だが産業革命に
よる都市への人口の流入があり、それらの人々の食糧増産の必要にせまられた。人口の急激な増加も
あり従来型農業ではまかないきれない。品種改良だけではなく農薬・化学肥料を使うことによる増産
をめざした。ある意味それは時代の趨勢でもあった。とくに農薬は劇的な効果をもたらした。しかし、
農薬は害虫だけではなく鳥や魚にも影響を与えた。残留農薬の問題も顕現化してきた。いまや農家で
は自家消費の野菜は無農薬があたりまえだ。そんな現状をみて有機栽培をはじめる人たちも増えてき
た。だがそのなかみはというと千差万別である。低農薬あり減農薬あり。どういうことなのだという
疑問もわく。そんなこんなの問題をあらためて考える機会にしたい本であるといえる。世のなかは人
口爆発と少子化対策、エネルギー消費と脱原発、核廃棄と核による戦争抑止力、多くの二律背反をか
かえながらすすんでいくのだ。ニヒリズムに傾く精神がわかるような気がする。こんな文章がすこし
気になった。
『例えば、米作りに欠かせないのが稲妻だった。田んぼに雷が落ちると、そこで放電された電子が田
んぼを豊かな土壌へと変化させ、美味い米が出来たという。そこで、昔の農家さんは、田んぼに稲妻
が落ちやすくなるように、四隅に炭の柱を立てて、稲妻を呼び込んだという。米を美味しくするから、
稲の良き妻ということで、稲妻なのだ。』
これを調べてみると、宮沢賢治が教員時代に「カミナリと農作物の出来具合について何らかの関係が
ある」と書いていたらしい。松江市の高校性・池田圭佑さんが実験をしてみた。放電した水を分析し
たところ、通常の水に比べて窒素の量が1.5倍になっていることを発見したという。窒素は肥料の
三要素の一つだ。これが成長を促したことを突き止め、この結果を「科学シンポジウム」で発表、な
んと最優秀賞を受賞しまったという。なるほどね、昔の人は科学的な機序はわからないが経験的にそ
のことを知っていたということだ。

「インド哲学七つの難問」 宮元啓二 ★★★
哲学の源流はギリシャなのかなあ、などと思われている人は多いかもしれない。いや待てよペルシャ
やインドはどうなんだ。ゼロの発見はインドだ。ゼロつまり無。無と有、永遠の哲学・物理学の命題
でもある。というようなことを思っているときに本書の噂をきいた。読んでみる。なかなかに手強い。
ほとんど理解できているのかどうか心許ない。こういう問題はなにか一冊読んだだけでわかることは
まずない。何冊か読んで、年月を経てなにかの機会にあっとわかることもあるものだ。気長にいこう。
そう思う問題でもあるのだ。ではインド哲学七つの難問とはなにか。
第一問 ことばには世界を創る力があるのか?
第二問 「有る」とは何か、「無い」」とは何か?
第三問 本当の「自己」とは何か?
第四問 無我説は成り立つか?
第五問 名付けの根拠は何か?
第六問 知識は形をもつか?
第七問 どのようにして、何が何の原因なのか?
ああ、頭が痛くなるような気がする。同時に興味をも覚える。「有る」「無い」、そして「自己」の
文字がどうしようもなく目に飛びこんでくる。これらに答えようと古来から哲学者は苦悶してきた。
同時に宗教はちがった方向からそれに答えようとしてしてきたのだ。
『キリスト教は神による世界創造を唱えるが、これにも、今述べたような難点がついてまわる。世界
創造以前、神は何をしていたのか、また、なぜ神は世界を創造したくなったのか、これはおいそれと
答えることのできない難問である。この難問を力ずくで消し去ろうとしたのがアウグスティヌスであ
り、かれは、「神は世界とともに時間を創りたもうた」と述べた。つまり、始まりの時点を含めてそ
れ以前、という時間領域を考えることを禁止したのである。しかし、これは神学であって、信者でな
い者を説得できない。』
存在における有無の問題と私「自己」は密接に関係している。自分つまり自己がなければ存在の有無
などなにほどのものか、と考えるだろう。では自己とはなにか、そう考えるとき死は避けては通れな
い。死すなわち自己の存在の消滅である。認めたくなければ、死後の世界を創造するしかない。考え
てわかる問題ではない。すべてに解があるわけではない。そう思っても考えざるを得ないのが人とい
う存在なのだ。どこかこの宇宙のなかにヒトに近い生物がいるかもしれない。彼らもまた存在につい
て考え悩んでいるのだろうか。それとも答えをみつけたろうか。見つけたとしたら、彼らは幸せにな
れるのか。見つけることのできないものは存在できるのだろうか。はてしもない問いの生むのが有限
の人生であるのかもしれない。


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神社で読書
鮮やかな朱色に塗り直された鳥居に漫然と寄りかかっていた。そろそろ夕焼けに染まる時刻になろう
としている。ときどき手元の本に視線をおとすのだが読む気はおこらなかった。俺はここでいったい
なにをしているのだろう。なにかを待つでもなくただ立っているだけだ。ぼんやりしているが注意は
集中している。一点に集中するから、逆にぼんやりできるのだな。林のなかからときおり風が渡って
くる。枯葉の散るかさこそという音も聞こえてくる。人ってなんで生きているんですか、なんて言っ
てたな。唐突に思いだすのである。なんでだろうな。生きる意味ってあるんですかね。あると思えば
あるし、なくていいならないんだろうな。やっぱり生きる意味があるほうがいいですよね。どんな意
味を考えているんだい。だれかの役にすこしでも立っているとか。そうだな、それがいいな。だれか
は幸せなんでしょうかね。きっと幸せにやっているし、ときどきおまえのことも思いだしているよ。

N9932メープル

「職人学」 小関智弘 講談社 ★★★★
日本の技術を下支えしているのは中小企業であるなどといわれる。工作機械などは自動化が飛躍的に
すすんでいるようだ。ロボット技術など自動車産業を筆頭にすばらしいものがある。しかしそれだけ
ではうまくいかないところもある。機械は人のすることをつぎつぎと置き換えていった。すべてを機
械ができると思っている人たちもいる。機械は人を超えるのかと不安をいだく人もいる。では人と機
械のちがいはどこにあるのか。どのくらいちがうのか。百分の一ミリを工場の職人は感じとれるとい
うテレビの話題がでた。すごいと素直に思う。だが、百分の一ミリならあなただって感じとれるんだ
よと、筆者は経験から言えるという。見習工時代にこういうことがあったのだと。
『「お前に、百分の一ミリというのがどういうものか教えてやろう」
 職人が削っていたのは、米軍の戦車の部品だった。一九五一年、朝鮮戦争のさなかだった。図面を
見れば、百分の一ミリ単位の精度に削ることが要求されている。
「お前に髪の毛を、俺の髪の毛を一本ずつ抜いて、親指と人さし指で挟んで、軽く捩じってみろ。ど
っちが太いと思う」
 と言う。私は言われたとおりに職人の髪の毛を一本抜いて、わたしのと較べた。わたしの毛のほう
が太いと思った。するとそれを、マイクロメーターという、百分の一ミリを測定することのできる測
定器で測ってみろ、と言う。
 測定の結果、わたしの毛が百分の八ミリで職人の毛は百分の七ミリだった。』
当時素人のわたしでも百分の一ミリというのがわかったのだという。人間の感性というのはそれほど
鋭いものなのだ。しかし感性も磨かなければ錆びていくかもしれない。小関さんはずっと旋盤工とし
て仕事をしてきた。旋盤も時代とともに変化する。それをも乗り越えてもきた。日本の職人としての
矜持をもった人々とも出会った。そしてそこに文化のちがいも感じるのだ。
『日本では不合格品を出すのは恥ずかしいことである。職人の腕が泣くという。
 アメリカでは不合格品が出るのは当りまえである。だからこそ公差が設定され、検査が発達した。
 その差は何から起こるかといえば、契約を履行すために仕事をすることと、自分の仕事の完成を喜
ぶために仕事をすることとの差である。それが出来栄えとして製品に反映される。』
どちらが上だとかいうことはできない。ちがうだけである。なにに価値をおくのかと言い換えること
もできるだろう。では、あなたは何にと問われているような気がした。

「ネバー・ゴーバック」(上)(下) リー・チャイルド 小林宏明訳 講談社文庫 ★★★★
本書はジャック・リーチャー・シリーズの十八作目にあたるという。これだけ長く続くということは
人気があるという裏返しでもある。ジャック・リーチャーは元軍警察捜査官であった。その古巣でも
ある第一一〇特別部隊の部隊長でもあるスーザン・ターナー少佐に会いに行く。だがそこにはモーガ
ン中佐が部隊長として座っていた。彼女はどこに行ったのだ。さらにその場でリーチャーは軍務に再
徴集されることになる。そのうえでリーチャー少佐には十六年も前軍務時代の傷害致死と不貞行為の
嫌疑がかかっていることを知らされ、ただちに拘束される。なにかがおかしいことはリーチャーには
わかる。だがなにが起こっているのか。彼は拘束されているターナー少佐を見つけ出しふたりで軍施
設を脱出する。そのころアフガニスタンに派遣されてた二人の兵隊との連絡がとれなくなっていた。
やがてふたりは殺害されていることがわかった。彼はターナーと話しあう。
『「彼らを殺したのは部族民ではない」リーチャーは言った。「ふたりは九ミリ弾で頭を撃たれてい
た。アメリカ軍の拳銃弾だ。おそらく、ベレッタM9.ほぼまちがいない。部族民なら首を切り落と
す。さもなければAK-47を使う。体にあく穴がまったくちがう」
「すると、彼らは近づいてはいけないアメリカ人に近づいたにちがいない」
「そうとは知らずにね」リーチャーは言った。』
なにかよからぬことが起こっている。それを知られたくないのだろうと推察できる。なぜなら、リー
チャーたちを逃走させようとする動きがあるからだ。ならばそれを突きとめてやる。彼らはリーチャ
ーの性格を見誤っていたのだ。映画では195cmの巨漢をトム・クルーズが演じている。背丈の違
和感さえ除けばなかなかいい演技だという。読むのではなく映画からはいるという手もある。


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洋酒喫茶で読書
店の名前は「どん底」といった。時代の風をもろにうけている。洋酒と喫茶。いまではおかしな組み
合わせだと思われるかもしれないが当時はすんなり受けいれられていた。ジャズ喫茶、歌声喫茶、毛
色はちがうが同伴喫茶というのもあった。喫茶ということばがなにか妖しいような雰囲気を放ってい
たのかもしれない。そんな薄暗い店で酒を飲んだ。ウヰスキー、ベルモット、チンザノ、味もわから
ないながら名前で選んだ。話題はロシア文学だ。ソヴィエト連邦が健在のころである。左翼に傾く連
中はゴーリキーやオストロフスキーあたり。しかし一番人気はドストエフスキーだったような気がす
る。トルストイはあまりにふつうな気がした。ゴーゴリやプーシキンの名もあがった。実際に読むの
は岩波文庫でだった。どんな話をしたのか記憶にはない。「能力に応じて働き、必要に応じて受け取
る」というマルクスの言葉に単純に酔いしれていた。洋酒のせいも多少あったかもしれないのだが。

N9875夕暮れ

「帰ってきたヒトラー」(上)(下) ティムール・ヴェルメシュ 森内薫訳 河出書房新社 ★★★★
あのアドルフ・ヒトラーが現代によみがえる。二〇一一年八月三十日、午後のまだ早い時間に彼は目
を覚ました。事態がよく把握できないが公園にいるようだ。着ている制服からはガソリンのような強
いにおいが漂う。物語りはここからはじまる。現代のドイツをかのヒトラーがながめればどう見える
のか。そんなふうに本書を読めば、ちがった面が見えてくる。政治は基本的理念なきではおこなうこ
とはできない。かって反対至上主義がどこかの国を席巻していた。ナチスは悪だで終わらせるにはあ
まりにヒトラーの存在はおおきい。人はだれもが完璧ではない。ヒトラーってこんな人だったかな。
そう思わせる筆力がある。彼をコメディアンとしてとらえるテレビや雑誌メディアのてんやわんやが
おもしろい。ほんとうの笑いはおどけたりふざけることからは生まれない。真面目がふつふつとした
ユーモアを生むのだ。そんなことを感じる。彼はプロパガンダの重要性を時代に先駆けて知悉してい
た。現代は彼にはどう見えたのか。テレビ、インターネット、パソコンなどその意味が彼にはすぐわ
かった。迎合しない理性。一本筋の通った言説が聴衆をひきつけるのだろう。この本がベストセラー
になるのは健全の証しだと思う。ヒトラーにことばはいまも通用するのではないか。
『国会議員をつかまえて聞けば、相手は「今の時代、戦争はもはや必要ない」ときっぱり主張するだ
ろう。だが国会議員たちは、あの当時も同じことを言っていたのだ。そして彼らの言い分は、当時も
今も同じくらい空疎だ。地球は大きくならない――これはたしかな事実だ。そこに住む人間の数はど
んどん多くなっている。そして、増えすぎた人間に対して天然資源が不足してきたら、どの民族が資
源を獲得するのか?
 いちばん親切な民族か?
 否、それはいちばん強い民族だ。だからこそ私は、ドイツ民族を強くしようと努力してきた。そし
て、ロシアに侵略されるのを全力で阻止しようとした。』
どこか現代にも適用できそうな気がする。どこかでだれかがおなじような演説をしているのではない
だろうか。

「日本の居酒屋文化 赤提灯の魅力を探る」 マイク・モラスキー 光文社新書 ★★★
この本を読んでいると、むかしながらの居酒屋ですごした時間がよみがえってくる。最近は、大手の
居酒屋チェーンがおおくなったがどこかなじめないのだ。どこがちがうのだろうかと考えたこともあ
る。筆者はまずこう書く。
『「居酒屋は味と価格だけではない、五感をもって満喫する場所である」というのが私の持論である。
さらに、「居酒屋は<味>よりも<人>である」と確信している。』
この人というのも味わいがある。それは常連客であったり主人であったりする。こういう雰囲気にど
うしても慣れられない人たちもいる。それはシャレた店が苦手という人がいるのとおなじことだ。し
かし慣れるとこのうえもなく居心地がいい。その場で交わされる会話を聞きつつ酒を飲むというのも
ありだ。知らない土地でふらりとはいった居酒屋がそんなところだったりすると旅自体がいい旅に変
貌してしまうのだ。人のこころはそういうものなのだ。本書は居酒屋ガイドではないが、筆者の訪れ
た印象深い店の紹介もある。私もよく知っている神戸は新開地の「赤ひげ」はこんなところだ。
『「赤ひげ」に入ってまず目についたのは、完全に泥酔したふたりの客だった。小さい店のわりには
客層が広い――仕事帰りの作業服姿の男の隣では、クールビズ姿の中年サラリーマンが立ち呑みして
おり、どちらも律儀そうな雰囲気である(そう言えば、全員がひとり客だった)。だが、彼らとは対
極的に、毎日朝から呑んだくれていそうな爺さんがおり、身なりもだらしなく、ロレツもろくに回ら
ず、しかも「立っている」というより、暴風に耐えている柳のごとく、上半身がゆらゆらしている。
カウンターから手を離したらきっとバタンと倒れるに違いない。おまけに、私はソイツのすぐ隣に立
つことになってしまった。』
読みながらご愁傷さまと笑いがこみあげてくる。こういう場にわたしも遭遇したことがある。これを
おもしろいと感じられればもう居酒屋通である。まさに人生を見るようでもある。また学生のころな
んどかお邪魔した大阪は十三の「富五郎」もでてきた。厚揚げが絶品!とあった。これは記憶にない。
しかし、目の前に置かれたアルミの皿にお金をいれる。注文するとそのたびにお姐さんがそこから代
金を回収するシステムはおもしろかった。下町だからだろうか、不思議な空間でもあった。ああ、読
んでいるとどこかの町でふらりと暖簾をかき分けたい誘惑がわいてくるのである。


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プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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