ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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披露宴会場で読書
場所は高台にあった。おおきなフレンチウインドウからは海がみえ、青い芝生の庭がひろがっていた。
披露宴の司会を頼まれていたのでかなり早く会場に着いていた。しばらく陽のあたるベンチに腰かけ
て本を読んでいた。人はこの世に生をうけて、成長して大人になって、恋をしたり失恋したり、いろ
んな思惑から結婚しなかったり、なんとなく結婚したり、その結果赤ん坊が生まれてくる場合もあっ
たり、幸か不幸か子宝にめぐまれなかったり、その赤ん坊もおなじように生きていくのだろうか。な
んて考えていると、人生ってなんなんだと思わざるを得ない。こんな気分じゃ司会なんてやっていら
れない。気分転換にとおおきく深呼吸をしたら潮の匂いがした。海だ、母なる海なんだ。生命は海か
らうまれてきたとオパーリン「生命の起源と生化学」で読んだ。気の遠くなるような時間を経過して
生命は地球上に誕生した。結婚はそのリングをつなぐひとかけらでもあるんだよなあ、と思った。

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「考えすぎた人 お笑い哲学者列伝」 清水義範 新潮社 ★★★
清水氏はユーモア小説作家と呼ばれている。その彼が哲学者物語を書かないかという編集者の誘いに
のってしまって書いたのが本書である。哲学とは苦悩の学問だと思われているが、本作にそれはよく
表れていると思う。なにせ取りあげられているのが、ソクラテスから始まって、プラトン、アリスト
テレス、デカルト、ルソー、カント、ヘーゲル、マルクス、ニーチェ、ハイデッガー、ウィトゲンシ
ュタイン、最後がサルトルだ。一応これらの人の名は知っている。だが、どのような哲学を展開した
のかについてはわたしも心許ない。それは清水氏も同様のようである。なんとなく覚えているのは、
ルソーのエピソードぐらいだ。それはルソーに問いかけるような形で、本書にもある。
『あなたは子供をどう教育するのが理想的かという内容の『エミール』を書いていて、生まれてから
五歳までは何よりも母の愛によって育てなければならないとしています。とても説得力があり、受け
入れやすい内容です。しかし、その『エミール』を書いたあなたが、自分の子を五人も、生まれると
すぐ孤児院に入れているのはなぜなんでしょう。』
ルソーを弁護するわけではないが、その時代の社会の空気というものがあると思う。歴史上のことを
後からの常識や時代精神で批判するのはたやすい。いや、不遜であるかもしれない。だれだって、そ
の時代に生きていればそうしたかもしれないのだ。タイムマシンがないのがつくづく残念だ。それは
ともかくとして、やはりウィトゲンシュタインに興味がある。下世話ながらこんな事実を知った。作
中からそれらを箇条書きに抜き出して紹介してみよう。

  その人の名はルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインである。
  彼は一八八九年四月二十六日、オーストリア=ハンガリー二重帝国の首都ウィーン、アレー通り
 十六番地に生まれた。
  父カールは一代でオーストリアの鉄鋼業界に君臨した事業家で、オーストリアで五本の指に入る
 資産家だった。
  ルートヴィヒは兄四人、姉三人のいる八人兄弟の末っ子だった。
  ルートヴィヒの四人の兄のうち、三人までは自殺している。
  ウィトゲンシュタインは、十四歳まで学校に通わず家庭で教育を受けたが、一九三〇年、リンツ
 の高等実科学校に入学した。
  その学校にはヒトラーも四年間在籍し、ウィトゲンシュタインとは一時期同窓生だった。
  ウィトゲンシュタインはヒトラーと同年生まれである。また、ハイデッガーとも同年である。
  数学への関心は論理学への関心につながっていった。
  ケンブリッジのラッセルを訪問して、哲学的才能を認められる。
  ウィトゲンシュタインはラッセルの論理学を驚くべき速さで吸収し、二人はまたたく間に師弟と
 いうよりは対等の議論相手となった。
  父の死により、ウィトゲンシュタインは莫大な遺産を相続した。
  ウィトゲンシュタインは財産の三分の一をオーストリアの貧しい芸術家たちに寄付した。
  一九一四年七月、第一次世界大戦が勃発した。
  オーストリア軍の志願兵として東部戦線に配属されたが、彼は自ら最前線への配属を望んだとい
 う。
  その後、砲兵中隊の一員になり、予備士官学校へ入ったりしたが、一九一八年にイタリア戦線に
 配属された。
  その年の八月、休暇中に『論理哲学論考』を完成させた。
  その年の十一月、トレントの近くでイタリア軍の捕虜となる。
  一九一九年、捕虜収容所から釈放されてウィーンに戻ることができた。この時ウィトゲンシュタ
 インは三十歳だった。
  自由の身になった彼は、戦争で右手を失った四兄パウルと、二人の姉に全財産を分け与え、無一
 文になった。やることが極端なのである。
  一九二〇年九月、トラッテンバッハの小学校の臨時教員となる。以来六年ほど、小学校教員をし
 たのだ。
  『論理哲学論考』の出版は難航した。
  いくつもの出版社に打診してみたが、すべて出版を断られた。
  ラッセルに相談すると、私が「序文」を書いてやると、と言って書いてくれた。
  しかし、ウィトゲンシュタインにはラッセルの「序文」が気に入らなかった。
  一九二二年十一月に、『論理哲学論考』に英訳をつけた独英対訳版が、キーガン・ポール社から
 出版された。完成してから四年後の出版だった。
  この出版により、哲学界は騒然となった。まったく新しい哲学の名著であるとして、もてはやさ
 れたのだ。
  なのに、出版の年の秋にはウィトゲンシュタインはブーフベルクの小学校に移っていて、人前に
 は出ず、ただ、田舎の小学校の先生をしているのだ。
  一九二六年、彼はオッタータールの小学校で先生をしていたが、ある事件をおこす。
  三十七歳だった彼は、小学校で体罰事件をおこしたのだ。
  四月二十八日付けでウィトゲンシュタインは辞表を提出した。
  きっかけになった体罰事件について、審理がなされたが、評決は無罪であった。
  一九二八年、三十九歳のウィトゲンシュタインはウィーン学団に所属していた若い数学者にすす
 められて、ブラウワーという数学者の講演をきくことになった。
  講演のあと、ウィトゲンシュタインは興奮したおももちで、友人たちに、数学的考察を夢中でしゃ
 べりまくったのだ。つまり、一度は完全に消えていた数学的かつ哲学的な思索がよみがえったのだ。
  こうして、哲学者ウィトゲンシュタインは復活した。
  一九二七年、四十歳になったウィトゲンシュタインはケンブリッジのトリニティ・カレッジに再
 入学した。
  貧乏だったウィトゲンシュタインは、学生に戻ったために生活できなくなり、奨学金を申請した。
  奨学金を受けるには博士号を持っていなければならなかった。
  そこで彼は、七年前に出版されていた『論理哲学論考』を提出して、博士号を取ることにした。
  もちろん博士号は取れて、奨学金ももらえるようになった。そして翌年からは、ケンブリッジ大
 学で講義を始めることになった。
  二度目に哲学者となったウィトゲンシュタインは、何冊もの哲学口述本を出した。
  『哲学探究』の第一部は、一九四六年、五十七歳の時に完成した。
  『哲学探究』の第二部は、一九四九年、六十歳のときに完成した。
  一九五一年四月二十九日の朝、ウィトゲンシュタインは亡くなった。六十二歳だった。
  ウィトゲンシュタインの哲学はむずかしすぎる。
  私の考えでは、ウィトゲンシュタインは、人間の思考力でどこまでは考えることができ、どこか
 ら先は考えることが不能で、考えても無駄だという境界線を、可能な限り深く掘り下げて突きとめ、
 思考できることの輪郭を明らかにしたんだと思う。

ということで、最後に清水氏はこう書くしかないかという感じでひとフレーズ。

  理解しえぬ哲学者については、沈黙しなければならない。

しかしながら哲学者ってほんとうに変人ばかりだ。しかしながら、彼らがもしいなかったとしたら歴
史はまったく味気ないものになっていたのだろう。

「心はすべて数学である」 津田一郎 文藝春秋 ★★★★
心は心臓にあると考えられていた時代から変遷して、いまでは脳にあると一般に思われている。つま
り、心はなんらかの脳の活動状態である、と考えている脳神経科学者は多い。だが、津田氏はそうで
はなくて逆に心が脳を表していると考えるのだ。生まれてすぐに「自己」というものがあるのか。な
いとしたら、「私」という意識はどのようにできてくるのか。「私」とは「他者」なのではないか。
『つまり、脳神経系の構築を考えたとき、そこには周りの人たちの行動や言葉や表情までもが入り込
んでいるのです。だから、お母さんやお父さん、周りの人と相互作用しているときに、なんとなく私
の脳に宿るものというのは、どうやら最初は他人なのではないか。それがある種、心ではないかと思
うわけです。そこからだんだんと自分というものができていく、自分の心が生まれていくわけだけれ
ども、すでに赤ん坊の時点で脳は他者の心によって構築されているのではないか、と。』
このあたりは、芸術は模倣からはじまるというのに似ている。模倣からはじまったとしても、それは
模倣にとどまらないわけだが。その他いろいろと脳に関する知識は増えてきている。ではそれをどの
ようにストーリー解釈するのか。理論体系を構築していくのか、まだまだ道半ばということらしい。
津田氏はこうした状況のなか提言する。
『そこで「心が脳を表現する」「数学は心である」ということを考えているのです。あえて言えば、
脳とは、神の心を表現する器官ではないかと。その心は数学に最も適切に現れているのではないかと。
時々刻々と不断に変化し続ける脳のダイナミクスを実験だけで捉えきれることはできない。そこには
モデルがなくてはならない。脳の数理モデルを作る、脳を数学的に表現する、という意味はここにあ
ると思っています。』
脳の理解のむずかしさは要素還元的では不可能だということ。つまり部品を組み上げていけば脳とい
うひとつの機械が出来あがるということではないのだ。どういうことなのか。
『システムの中に入ってはじめて機能を持つ要素は多くありますが、その代表がニューロン(神経細
胞)です。無数のニューロンがつながってニューラルネットワークができ、そこから脳というシステ
ムができあがっています。ところが、ネットワークができてそれが働くと、その働きを担う部品であ
るニューロンの働きは、もとのそれとは違ってきてしまう。システムの中から取り出してそこだけ見
たら、まったく違う性質になる。では部品としての働きを、どうやって研究したらよいのか、が問題
になるわけです。そこには地球科学と同じような問題の構造があります。つまり、どういうモデルを
作ったらいいのかがとても難しい、という問題です。』
心とはなんなのだろうか。それと密接な関係にある脳とはなにか。まだまだ道のりは果てしない。


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灯台で読書
人には好きなものがいろいろとあるようだ。たとえばお寺をめぐるのが趣味だという人がいる。最近
では道の駅もそうかな(笑)。灯台もそんななかにはいる人気のスポットなのではないだろうか。だ
が立地によって印象は劇的に変わる。あれはどこだったのだろうか。両側に海がひろがる狭い道を歩
いて灯台へとむかっていた。下方から吹き上げてくる風につよく潮の香りを感じた。寒くはなかった。
ただ黙々とひとりで歩いていた。着いてあたりを見まわすと、水平線がかすかに円弧を描いているの
がわかる。空には雲もない。うす青がどこまでも続いていた。ときどきカモメらしき白い鳥が舞いつ
つ滑空しながら視界を横切っていく。白い灯台に背をあずけてコンクリートの地面に座りこんだ。だ
れもいない。このすてきな空間にひとりでいる。ザックから本を取りだして読みはじめる。どんどん
と本のなかにはいりこんでいった。そこにも果てしない世界がどこまでもひろがっているのだった。

3851神威岬灯台への径

「天下無敵のメディア人間――喧嘩ジャーナリスト・野依秀市」 佐藤卓己 新潮選書 ★★★★
一読、こんな人物が日本にいたのかとまず驚かされるだろう。そしておもしろいと感じるのだ。まず
冒頭にこう書いてある。日本のメディア史を研究していると、絶えず視野をかすめて出没する人物が
いるという。それが本書の主人公・野依秀市である。一八八五年から一九六八年までを疾風のように
生きたジャーナリストだ。生涯に二〇〇冊以上の著作を出版している。これらの著作が野依氏自身の
言説なのかどうか判然としない、と著者はいう。そして野依氏もそのことを隠さない。堺利彦「売文
集」に野依は次のような序文をよせている。
『「僕は無学不文であるが、僕の意見は是まで大抵人に話して書いて貰つた。先には多く白柳秀湖君
に書いて貰つた。白柳君は実に善く僕の意を尽して呉れた。然るに昨年監獄から出て暫く加藤病院に
居た時、加藤[時次郎]院長の紹介で偶然堺[利彦]君に会つた。其時堺君は売文社を起して居た。
僕は早速堺君に頼んで僕の新渡戸博士攻撃の文を書いて貰つた。すると其文が非常に僕の気に入つた。
天下に僕の心持を十分に書き現はし得る者は、白柳君と堺君との外には無いと思つた。それで其後も
堺君には引続いて種々の論文を書て貰つて居る。」
 これほどはっきり代作を公言し、それを正当化する言論人を私は知らない。しかも驚くべきことに、
この告白文までも、なんと堺の代筆なのである。』
代筆といい、あるいは口述筆記ともいわれる野依氏の著作である。しかし芸能人の場合などとはその
やり方がまったくちがうのだ。野依氏は校正ゲラに大量の加筆、訂正を行うのが常で一文字たりとも
おろそかにしなかったというのだ。ある意味疑い深い性格であり、この性格が彼を学者的と評価され
てもいるのである。では野依秀一とはどんな人物であったのか。
『野依秀一の言論とは、敵本位主義の喧嘩ジャーナリズムである。それは社会悪と見立てた相手を徹
底的に攻撃し、その批判の過程で自己生成する行動主義と呼べるだろう。だから、野依式ジャーナリ
ズムの内部に、守るべき絶対的価値、正義は存在する必要がない。論敵を否定するなかで対抗的に価
値は形成されるのだ。そこに野依式ジャーナリズムの瞠目すべき躍動感が生み出された。左翼からは
「右翼への転向者」、右翼からは「左翼の隠れ蓑」と批判された理由も、この敵本位主義にある。』
左翼だ右翼だとのラベル貼りには無頓着であった。だから、真正の家族主義、国家主義は即ち社会主
義であり、社会主義を危険思想、破壊思想と排撃する不見識には次のように反論しているのだ。
『「あれは危険思想である、破壊思想であると云つて、一も二もなく之に反対するが如きは、余りに
無知であり、余りに臆病であり、余りに不見識である。僕を以て之を見れば、社会主義よりも個人主
義よりも、誤つた国家主義、家族主義の方が、更に一層危険思想であり有害である。」』
戦後、GHQは「日本の民主化促進のため」と、戦前・戦中の「宣伝用刊行物」の没収をおこなった。
この没収図書七一一九点中、野依の著作は第一位の二三冊を数えた。だがこのことは、マスコミによ
ってあまり知らされていないのだ。それは、なぜなのか。
『そもそも戦後のマスコミにはなぜかこの「没収図書」問題を積極的に語ろうとはしなかったのか。
それは自社の出版物が数多く含まれていたからである。出版社別では一四〇点の朝日新聞社を筆頭に、
八三点の大日本雄弁会講談社、八一点の毎日新聞社がトップ3である。戦前に「宣伝用刊行物」を最
も多く刊行した大新聞、大出版社は、敗戦後は「一億総懺悔」の先唱者となり、GHQ占領下では「
日本民主化促進」の担い手となった。戦時体制=占領体制に有効に機能したこの世論抑制システムは、
今日もなお存続している。』
決して聖人君子ではない。またそんなものを目指す気もなかっただろう。悪いものは悪いのだと主張
するのだ。それは戦時中から戦後になっても一貫していた。そんな日本人がいたのである。「清濁併
せ呑む」というような人物であったのだろうか。

「老人の壁」 養老孟司・南伸坊 毎日新聞出版 ★★★★
養老先生の発言はいつもながらに歯切れがいい。しかし、案外と過激でもある。なるほどと聞きなが
らすこし笑ってしまうのは不謹慎でしょうか。まずもってどうすればいいんでしょうかねえ。伸坊氏
が、先生は健康診断に行かないんですよね、と言う。
『行きません。これはもうはっきりしています。健康診断を受けても受けていなくても、平均寿命は
変わりないっていう調査結果はきちんと出ています。行かないものだから、「血圧は?」とか聞かれ
ると、「ありません」って答えているんです。「なんでないんですか?」って聞かれると、「測って
ないんだもの」って(笑)。
 今の人は、検査で自分の寿命がわかると思っているようですが、神様じゃあるまいし、人の寿命が
わかるわけがないでしょう。特に悪いのは、癌の診断のあと、余命を言うでしょう。このままだと、
あと何ヵ月。今、これがだんだん縮んでるって知ってます? 昔は1年って言ったんですよ。でも1
年って言ったのに、10ヵ月で死なれると困るじゃないですか、医者としては。
 (略)
だから今、だんだん短く言うようになったの。
 (略)
放射線科の医者が僕に言ってきたもの。「先生、今に、明日って言うようになります」って(笑)。』
まあ冗談半分だとしても素直には笑えないけど、ほんとうなんでしょうね。こんな発言もありますが、
考えさせられます。ヒトはいつかは死ぬんですけど、なかなか納得できない人は多いようです。
『「75歳以上になったら積極的な治療はやめよう」って言ってる医者がいましてね。それは確かに、
僕もずっと前からそう思っていたから、病院へ行っていないんです。この歳で何か病気が見つかって
も、強いて治療はしない。対症療法はする。だから、癌になんかなったら、手術ぐらいはまあしょう
がないけど、それは治すためじゃなくて、苦しいからやるっていう。年寄りはもう、それでいいんじ
ゃないでしょうかね。』
伸坊氏が、70過ぎて薬飲まない人もいるし、60代で薬ばっかり飲んでる人もいるって発言には。
『薬なんか飲んだら、害があるだけですよ。薬が効くっていうことは、影響を受けるっていうことで
す。どんなものにも良し悪しが必ずあると僕は思っています。裏と表があるんですよ。すすめる人は、
表だけ言っているんですね。
 一番簡単な例が抗生物質ですよね。子どもに抗生物質をやるでしょう。それをやると、細菌叢が変
化するんです。子どもが風邪を引いたりなんかすれば、普通の先生だと必ず抗生物質を飲ませますね。
 お陰で何が起こったかっていうと、自己免疫疾患です。免疫が適当に抑制されるということが起こ
らなくなって、どうなるかというと、花粉症から始まって、喘息でしょう、あとは1型糖尿病。これ
は自分の膵臓の細胞を自分で壊すんですが、若年性の1型糖尿病って増えているんですよ。それから、
もっと極端なのは、自閉症です。あれは僕らの学生の頃はまったくなかったんですよ。』
うーん、むずかしい世のなかになりましたね。養殖の魚は抗生物質を投与してますからね。マグロ、
ブリなんかそうですからね。われわれはともかく、これからの子どもたちには親がちゃんとした知識
をもって注意してあげないとね。いわゆる安い魚、たとえばイワシとかサンマは養殖じゃ割にあわな
いから、逆にそういう点では安心なのかな。魚屋さんも大変だね、こりゃあ。


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美術館で読書
なぜそんな場所で読書していたんだろう。ワイエスが見たいというから京都まで出かけていった。彼
女は東京から来るから美術館の前で落ちあおうということに決めた。着いてみるとずいぶんと見学者
がおおいことに気づいた。見つけられるかなあ、と不安をおぼえた。まだ約束の時間までにはだいぶ
ある。入口ちかくの壁にもたれて本を読みはじめた。なんの本だったかいまでは憶えていない。だが、
のめりこんでいくというのか夢中になって読んでいた。まわりのすべての世界は消滅したもおなじで
ある。ふと気づいて、あっと思って腕時計を見たら、すでに約束の時間は過ぎている。しまったとあ
わててまわりをみまわしたが彼女らしき人物はみつからない。どうしようかとあせって考えるが頭の
なかがぐるぐる廻るかのようでめまいするら覚えた。そのとき、壁の後からにっこり笑った彼女があ
らわれた。ほっとしたのもつかの間、彼女は消えた。時計を見ると約束の時間までまだ三十分あった。

N7651京都国立近代美術館

「塀の中のプレイ・ボール」 安部譲二 講談社 ★★★
刑務所に実際に服役した経験から書かれた小説なのだろう。わたしは入所した経験はないので興味深
く読めた。厳しいんだろうな、規則とかいろいろと。食事もおいしくはないのだろうな。「くさい飯
を食う」といえば、刑務所にはいるという意味だ。もちろん冷暖房なんか効いていないだろうし、そ
うなると楽しみってなにがあるのだろうと思う。そうそう刑務所の慰問って聞いたことがある。
『刑務所では月に一回ぐらい、映画や講演、演芸、それに宗教行事を懲役に見せる。懲役に人気のあ
るのは映画と演芸だが、当然のことにその程度には、ピンからキリまでいろいろあって、ヤクザの大
物が服役している刑務所には、娑婆の仲間が無理のきく芸人を差し入れと称して送り込むので、ヤク
ザとは深い御縁の芸能界だから、紅白歌合戦の常連まで出演する。これがピンでキリの方は地元の商
店街かなんかの旦那衆。どうにも理解しかねる判断と情熱を発揮して刑務所や養老院などの施設をま
わるのだが、風呂の中でしかやれないようなものを心の籠らぬ拍手の中で演じ続ける神経は、たいて
いどんな奴を見ても驚かない懲役でさえ、動物園で不思議な動物の前で口を開けたまま立ちすくむ子
供のようになってしまう。』
あるとき、ミュージカルスターの“飛び魚ミミ”が演芸にやってくると聞く。小説の主人公水田順一
は所内で、大泥棒だが腕のいい家具職人小山忠の助手になっていた。ところがこの指物師が“飛び魚
ミミ”の旦那だというのだ。そのいきさつからいろいろと聞き、芸人とはそういうものだと知ってい
るので納得もした。しかしその話は物悲しいものだ。あるとき“飛び魚ミミ”のい出会った。新人な
がらメキメキと芽を出しかけていたころだった。だけど、芸人の世界はレッスン代とかつけ届とか、
いろいろとでていくものが多く給金だけではどうしても足りない。
『「そんなわけで、この道で身を立てると決めた以上は、仕方がないから旦那をとるわ」
 と飛び魚ミミは、子供の頃と変わらない陽気な子猫のような顔をして、それでも矢張り悲しげに目
を伏せて言ったので、
「お前さんさえ構わなければ、今日の今から俺が面倒を見させてもらう。どうか立派な芸人になって
くんない」
 と小山忠は胸を張ったのだという。懐には札束がうなっていたのだそうだ。』
そんな事情があったのだが、若い飛び魚ミミには盗んだ金というのがひっかりがあったようだ。
『「困った人から盗んじゃいねえ、盗んでも良いと自分で決めたところからだけだ。少しの芋や米で、
おふくろ達から一張羅を巻き上げた百姓ほど、人の道にはずれるようなことはやってねえ。良い悪い
は警察や裁判官に決めてもらうことじゃなく、自分で決めることなんだ」
 と話してやったら、どうやら飛び魚ミミも納得がいったっようだった。』
正論をふりかざすばかりでなく、いちど別の角度、たとえば塀の中の住人の立場からみると、世のな
かの構造がいかにゆがんでいるか、と感じるかもしれない。政治家や官僚そしてその利権につながる
人びとの厚顔無恥さに慣れきってはいないだろうか。そんなことを感じるのだ。

「耳で読む読書の世界」 二村晃 東方出版 ★★★★
目の見えない人はふつうにはすぐにわかる。だが、耳の聴こえない人は見ただけでは判断できない。
見えないのは目をつぶることである程度想像できるが、耳が聴こえない状態を自分の経験としてわか
ることは困難である。耳をふさいでみても、音は完全には遮断できない。どうすればそれらの人たち
のことを理解できるのか、ときに考えていた。本書の著者、二村(ふたむら)さんは定年間近で失明
する。九州大学を卒業後、電通に入社、大阪支社で営業統括局長にまでなった人だから経済的には恵
まれていたことだろう。中途失明者は点字の習得は難作業になる。彼も習ったが、点字本を読むのを
諦める。ところが、点字を覚えたことで、点字で入力する盲人用音声ワープロを使えるようになる。
なにごとも、そうすっぱりとはいかないと知ることだ。本の好きな彼に、対面朗読を受けてみればと
勧めてくれる人があった。こうしていく人ものボランティアに出会う。そんななか、音訳者のための
機関誌「対面朗読通信」に何でもいいから書いてほしいとの依頼がある。ボランティアさんのミスを
あげつらうようなことはできないと断るが、ボランティアの皆さんは利用者の本音をとても聞きたが
っているとの説得をうけ、書くことになったのが本書のはじまりになる。黙読していると、多少はわ
からない単語や漢字などがあっても読んでいるうちに文脈からなんとなく想像ができたりする。しか
し、音読の場合はそうはいかない。類推できる場合もあるが、そこで思考はストップしてしまう。と
くに日本語は同音異義語が多いからやっかいである、とおっしゃる。たとえばこんなふうに読まれた
ら、理解できるだろうか。
『「小兵な男の剽軽な仕種」をショウヘイな男のヒョウガルなシワザ。兵庫県のヒョウゴを思い出せ
ば、小兵はクリアーできます。
 (略)
「恋敵の優男」をコイテキのユウナン。芝居などの敵役も、カタキヤクです。
「性悪な女」をショウアクな女。』
というふうに読まれると目が見えない方には伝わらない。理解できないからそこでひっかかり後に続
く文章もはいってこないという連鎖反応がおこる。なるほどね、いろいろとちがった角度からの意見
がためになる。それにしてもボランティアの方々も地道に頑張っておられるんだ。そう思うと、なん
だか世のなかもあたたかくこころ強く感じるものです。


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

リビングで読書
リビングで本を読んでいた。白いレースのカーテンがゆらいでいる。どこかでイヌが吠えているよう
だが、やがて静かになった。うららかな陽がさしてあたたかい。おやっ、あの鳴き声はと耳をそばだ
てる。どうやらメジロがやってきているようだ。そっとのぞくと木に吊るしたワイヤの籠のなかのミ
カンの実をついばんでいる。かれらは甘いものが好きだ。数羽が鳴きかわしながらミカンを食べてい
る。もうすこし暖かくなってくると山へ帰ってしまうのだろうな。いましばらく眺めていたくなる。
そこへうるさく鳴くヒヨドリがやってきた。たちまちメジロは四散する。おいおいヒヨドリはあっち
に行けよ、と追っぱらったがメジロはもどってはこない。そこで急にやるせなくなった。俺は差別主
義者なのか。メジロはかわいい。ヒヨドリはかわいくない。そんなことで差別していいのか。ヒトは
見た目で差別する動物なんだ。とくに故なくカブトムシではなくゴキブリを嫌うのがその証拠だ。

N7425二羽のメジロ

「赤の女王 性とヒトの進化」 マット・リドレー 長谷川眞里子訳 ハヤカワ文庫 ★★★★
生物学の分野では「赤の女王仮説」として知られるものがある。「鏡の国のアリス」のなかで、アリ
スが出会うあの女王のことである。赤の女王は走り続けるのだが、永遠におなじ場所にとどまってい
る。風景が彼女についてくるからだ、とされています。つまり、すべての進歩は相対的である、とい
う概念のことをいうです。この考え方は、進化の理論にますます大きな影響を与えるようになってき
ていると著者はいいます。
『速く走れば走るほど、世界はまた速度を増し、それだけ進歩は少なくなる。人生はチェスのトーナ
メントだ。ゲームに勝ったところでまた次のゲームに進まなければならない。しかも「駒落ち」とい
うハンディを負って。』
科学万能の昨今の世のなかだが、進歩が相対的となれば幸福も相対的なのか。という疑念もわいてく
る。絶対的真理などというものがあるのか。ニュートンの万有引力の原理が支配していた世界は、ア
インシュタインの相対性原理の宇宙にはいりこんでいった。物質の存在も、ハイゼンベルグの不確定
性原理によって確定できないものになる。さらにはニールス・ボーアらが提唱する量子論により確率
的なものになっていった。物質が確率的に存在するとはどういうことなのか、直感的には理解しがた
いのである。そんなことを思いながら本書を読みすすめていった。さて、リドレーは進化に関するこ
んな古いエピソードを紹介している。
『ある哲学者とその友人がクマに襲いかかられたときのことである。二人は一生懸命逃げたが、途中
で論理的思考をする友人がこう叫んだ。
「むだだ、しょせんクマより速く走るなんてできやしない」
 すると哲学者はこう答えたのだった。
「クマより速く走る必要などないのだ。ただ、君より速く走らなければならないだけだ」』
そうなのだチーターに攻撃されたカモシカは、チーターより速く走ることではなく、他のカモシカよ
り速く走れれば危機を脱出することができるということなのだ。進化とはそういうものなのだという。
ヒトの知性はなぜ進化したのか、脳はなぜおおきくなったのかもおなじではないのか。ケンブリッジ
大学の心理学者ニコラス・ハンフリーは次のような解答をだした。
『我々が知性を駆使するのは、実際的な問題を解決するためではなく、機知により他者を出し抜くた
めなのだ。人を欺くこと、他人の欺きを見破ること、人の動機を見抜くこと、狡猾に人を操ること。
これらのために知性は使われるのである。つまり重要なのは、どんなに賢いか、どんなに狡猾かでは
なく、どれだけ他人よりも賢く、狡猾かなのだ。知性の価値は無限である。同種内淘汰は、異種間淘
汰よりもはるかに重要なのである。』
なかなか興味深い説である。また、進化から道徳的結論を引き出すことはできないとリドレーは書く。
『「自然」だからといってそれが正しいことにはならない。類人猿が日常的に殺害を行い、人類の祖
先もそうであったという意味においては、殺人は「自然」である。偏見、憎悪、暴力、残虐。これら
はすべて我々の本性の一部なのである。そしてしかるべき教育によってこれに逆らうことはできるの
だ。本性は柔軟性に欠けているわけではなく、融通がきくのである。さらに、進化に関して最も自然
なことは、ある種の本性は他の本性と敵対するということである。進化の行きつく先はユートピアで
はない。ある男にとって最善の状況は、他の男にとって最悪の状況、ある女にとって最善の状況は、
ある男にとって最悪の状況という事態に導くのだ。どちらかが「不自然」な運命を余儀なくされるの
である。これが赤の女王のメッセージの核心である。』
本書は文庫ながら、本文だけで545ページもある。すべてを紹介することはできない。いたるとこ
ろになるほどといえる知見がある。根気のある方には是非ご一読をおすすめする。読んでおもしろか
った、と思えるのではないか。

「「婚活」時代」 山田昌弘 白河桃子 ディスカヴァー・トゥエンティワン ★★★★
パラサイトシングルということばを山田氏の著書で知ったときの驚きはいまでも覚えている。あれか
らどれくらい経ったのだろうか。いま日本では「就活」とも密接に関係する「婚活」が話題だ。これ
らをどう考えればいいのだろうか。「規制緩和」によって、就職活動を積極的にする、いやしなけれ
ばならない時代に変化していった。山田氏はこういう。
『では、もう一方の結婚はどうかというと、状況は同じです。男女交際に関する規制緩和が起きたが
ゆえに、自動的に結婚できない時代が出現しています。つまり、個人が、意識的に結婚活動を行わな
いと、よい結婚相手どころか、結婚自体をすることがむずかしい時代に突入しているのです。』
職場結婚やお見合いではなく、恋愛結婚があるべき結婚だという時代感覚もあったのでしょう。だか
ら結婚適齢期ということばもある意味、否定的な含みをもってきていたのです。
『結婚年齢が多様化しているとか、結婚しない人が増えているというと、一般には、自分の意志でそ
うしている人が増えたからだと思われがちですが、実際には、まったく逆です。結婚年齢がばらつく
ことにより、逆に、自分の思ったタイミングで結婚できるとは限らなくなってくるのです。就職にし
ろ結婚しろ、自由化が起これば思いどおりにならなくなる、というパラドクスです。』
うーん、ちょっと学者っぽい発言だな。それに比して白河さんはどうみているのか。女性にとって、
結婚とはしなければならないものではなくなってきている、という。
『つまり、依存型、自立型、どちらのタイプの女性たちにとっても、結婚がかつてのような生活必需
品ではなくなってきていること、それが根底にある要因だと思います。生活必需品ではなくて嗜好品。
だから、自分の嗜好に合わない結婚ならしたくない、というのが、本音でしょう。』
女性経験のない男ほど女性に対する要求水準が高い、とくにビジュアル面でと白河さんはおっしゃる。
まあ、ひとことでいえば身の程知らず。よくいえば、それだけうぶなのだ。しかし、男のうぶはどう
しようもない。だから売れ残る。もちろん、女性陣も結婚の条件にこだわりはある。
『たしかに、女性の「経済力へのこだわり」に相当するものが、男性の「外見と年齢」へのこだわり
なのでしょう。けれども、女性のこだわりは現実に立脚したものであるのに対して、男性のこだわり
はファンタジーだと思います。』
ファンタジーを求める男。つまり、おたくだ。だから、現実をわきまえてそれなりの社会でのポジシ
ョンを確立している男はある意味そういう女性に幻滅する。だから、なかなか結婚に対する腰をあげ
ない。そいう男が独身で一人いると、最低五人の女性が引きずられてしまうのだ。そして婚期を逃す。
『「結婚しない男」には婚活は必要ありません。必要なのは、流される勇気だけです。それをもてば
すぐに結婚できます。婚活が必要なのは、男磨きしないと「入り口すら入れない人」「声をかけられ
ない人」です。女性の目線の範囲内にとまるように男を磨き、傷つくことを恐れぬ勇気をもつことが、
彼らの婚活です。』
こうしてミスマッチが重なって、結婚しない結婚できない男女があふれてくる、のだそうだ。そうい
うことなんですかね。なるほど、ね。って他人事ですが、むずかしいものなのですね。


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

スキー場で読書
バスの添乗のバイトでスキー場に行った。夜行のバスで途中チェーンの装着などあった。着いた所は
湯田中だった。路線バスならワンマンも可能だが、観光バスはそうもいかない。法律でふたり以上の
乗務が義務づけられていた。で宿に着くと帰路まではなにもすることがない。運転手さんたちはのん
びり温泉三昧である。スキーをしてきてもいいぞといわれたが、そんな気はなかった。宿にいてもす
ることもなく退屈なのでスキー場まで歩いて行った。ゲレンデが見わたせるロッジの食堂でビールを
頼んだ。雪の白さがまぶしい。若者たちはワイワイと楽しそうだ。おれだって若者なんだけどな、と
その感想に思わず苦笑いがでた。美味くもない焼そばを食いつつ本を読んでいた。かたわらを通りす
ぎる女性は怪訝な表情である。この人なに、という視線だったのだろう。旅館への帰り道、まわりの
連中の見よう見まねでスノーシューズで滑ってみた。スイスイとはいかないが存外に楽しかった。

N8840雪中電車

「ことわざの知恵」 岩波書店辞書編集部編 岩波新書 ★★★
ふとしたときにそうだよなと思わされることわざがある。しかし、あれってどういうことなんだろう
というのもある。たとえば「人を呪わば穴二つ」、でこの穴二つってどういう意味があるのか。人に
禍が降りかかるようにと呪うようなことをすると罰を受けますよ、という戒めがこめられていること
わざだとは分かる。だがこの「穴二つ」がいまいちわかっていなかった。
『省略しない形では「人を呪わば穴二つ掘れ」。なぜかといえば、呪った相手が葬られる穴と、自分
自身が葬られる穴と二つ必要になるからだ。
 のろい殺すからには、自分も命を失うことを承知せよ、あだやおろそかに人を呪ってはならぬぞ、
という教え。』
なるほど、その覚悟もないのに人を呪うものではない。ということですね。「ごまめの歯ぎしり」と
いうことわざも、力のない者がいたずらに憤慨するという意味だ。この「ごまめ」とは小さな片口鰯
のことだが、なんだか腑に落ちない。ちょっと「ごまめ」をあなどっている感がぬぐえない。
『ごまめは、田の肥料にすれば四万俵だった収穫が五万俵にもなるということで「五万米」と当て、
「田作り」とも呼ばれる。また、「まめ」は、誠実・達者の意味の「まめ」からきているという語源
説もあり、お節料理に使われるのはこれらの縁起による。
 ことわざの世界では、これといい、「ごまめの魚交じり」といい、縁起のよい方は切り捨てられ、
取るに足りないものの代名詞的な扱いを受けている。』
イワシ好きな者としては、すこし溜飲をさげるのだ。ことわざには西洋由来のものもおおい。「目か
ら鱗が落ちる」などは代表的なものだろうか。「新約聖書」使徒行伝からきていることは「広辞苑」
にも載っている。だがこの鱗、魚だとするとなんだか辻褄があわない。
『キリスト教を迫害していたサウロ(パウロ)は、その罪で失明する。イエスはその目を元に戻すべ
く弟子を彼のもとに遣わす。弟子が彼の体に触れると、「目から鱗のようなものが落ちて」再び目が
見えるようになったという話。
 蛇は脱皮の際には鱗を落とすが、目も例外ではない。蛇のごとくに邪悪な男サウロ、ということで
「鱗」が想定されたのであろうという。』
なるほどね、蛇の鱗でしたか。しかし、蛇が邪悪というのにはちょっと納得がいかないのである。

「妻と罰」 土屋賢二 文藝春秋 ★★★
週刊文春の連載コラム「ツチヤの口車」の書籍化されたもの。相変わらず独特の切り口をみせている。
あきらめる方法についてである。なかなかためになる、かもしれない。
『打つ手のない状況に陥ったとき、打つ手は二つある。一つはあきらめる、もう一つはあきらめない、
だ。
 今では、「あきらめるな」と叫ばれることが多いが、古来、日本人はあきらめの中に美を感じとり、
あきらめようとしない人間を軽蔑していた(と聞いた)。
 わたし自身、これまで、あきらめの境地を目指し、多くをあきらめてきた。大ピアニストになる、
詩人になる、日記をつける、妻の性格を変える、豪邸に住む、車庫入れするなど、あきらめたことは
数え切れない。
 しかし残念ながら、あきらめきれないことも多い。大富豪になる、天使のような女と出会う、一人
静かに暮らすなど、あきらめきれないでいる。あまりにもあきらめが悪いので、今では、あきらめの
境地に到達することをあきらめている。』
あきらめる方法の一つ「どうせの方法」の考察もおもしろい。「どうせ……だから」という論法を使
ってあきらめる方法なのだが、それには説得力に欠けるものも多い。
『説得力があるのは、余命一年よ宣告された人が、「どうせ一年しか生きられないんだ。だから金を
貯めても無駄になるだけだ」と思って並寿司を上寿司にするような場合である。ただし、これを拡張
して「どうせあと五十年も生きられないんだ。節約するのは無意味だ」と考えて豪遊すると、取り返
しのつかない結果になる恐れがある。また仮定法を使って「どうせ明日交通事故で死ぬかもしれない
んだから、今日のうちに金を使い切ってしまおう」と考えるのも危ない。
 そもそも「どうせ」と言っても本気であきらめていないことが多い。無駄に金を使った人が「どう
せ死んだら無一文だ」と言っても、あきらめきれているわけではない。ためしに「それなら、金はい
らないよね」と言って金を巻き上げようとしてみれば、抵抗するはずだ。』
あきらめるのもなかなかむずかしい問題あり、なのだ。
『わたしがよく使うのは、「どうせ一週間後にはまた散らかるのだ。今日片づけ物をしても無駄にな
る」「どうせこの建物は百年後には取り壊されているのだ。本を整理するのは無駄だ」「どうせ地球
の寿命はあと千億年もない。だから棚を直す意味がない」「どうせ金は妻にとられてしまうんだ。使
ってしまえ。使うと怒られるが、どうせ怒られるなら、一万円使ってやれ」などだ。
 今、妻が「いい加減、そこにある本を片づけてよ!」と叫んだ。つい先日、「どうせいくら言って
も片づけないんだから」と言ったばかりではないか。あきらめの悪い女だ。』
こうしてツチヤ家の日々はすぎていく、のだろうか。しかし一抹の真理はあると思うのだが、分かる
人には分からない人のことが分かりようもなかったりする。


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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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