ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
01 | 2018/02 | 03
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -

芸妓と芸者
芸は売っても、体は売らない。
プライドある芸者のセリフですよね。

そう思うだろ。
ちがうんですか。

ちがうよ。
どこがちがうんです。

江戸時代、吉原では芸妓よりも芸者はランクが低かった。
そうなんですか。

だから芸者は芸妓の領分をおかしてはならない。
なるほど。

ゆえに芸は売ってもよいが体は売ることができなかった。
越権行為になるんだ。

そういうことだね。
そうなんだ。

だから、芸は売ってもいいが、体は売ることは許されない、がまあ正しいのかな。
なんでも抜け道はあるんでしょうけどね。

そりゃあそうだ。
蛇の道は蛇といいますから。

N0178カレンダー

似たようなのに、体は売ってもこころは売らない、というのもある。
心身二元論者の言ですね。

それはさておき、自己弁護だな。
自己弁護というより自己願望かもね。

だれしも理想とする姿をもっているからね。
からだは汚れてもこころだけは穢れない。

逆説的だけど、からだは洗ってきれいになるがこころの傷は一生消えない。
厳しいお言葉です。


ものの知り方
「群盲象をなでる」という。
「涅槃経」が出典ですね。

ヒトの考えなんてそんなもの。
そう悲観的にならなくても。

そうじゃないんだよ、立ち位置によって意見が変わる。
しかたないでしょ。

それがわかっているなら、もっと謙虚に。
そこが凡人のつらいところです。

つまりわかっていない。
そういわれればそうなんですけど。

この頃わからなくてもいいんじゃないかと思うようになってきた。
どういう心境の変化なんです。

わかることを重要視しない。
わからないと不安じゃないんですか。

わかりえないこともあると思う。
そうなんですか。

わかるって自己満足かもしれない。
そんなもんですかねえ。

つまり完璧な理解はないと思うんだよ。
わかったつもりになるな、と。

ヒトは変化するものだから。
ものも変化しているんですか。

変化を前提に考えればいいんじゃないか。
万物は流転する。

ギリシャの人は卓見だった。
そうですよね。

わかるはずがないとすればあせる必要もない、とわかるだろ。

N0170雪のなかのメジロ


雪見酒で読書
しんしんとわが家の屋根に雪はふりつむ。そんな夜には読書をするのがいい。雪は防音材の役割を果
たして深い静寂を用意してくれる。ウヰスキーをやりながらめくるめくページをくる。アルコールは
毛細血管をひろげ、からだの隅々にまでエネルギーをいきわたらせる。じんわりと食道から全身にひ
ろがっていく熱量は自律神経の安定をもたらしてくれる。読むうちにさらに深く降りてゆく感覚がわ
いてくる。どこまでも疲れることなく進んでいける気にもなるのだ。いつしか寒さを忘れ悩みも消え
去っていることに気づく。指先がページをめくればまたひとつ扉が開く。その扉の向こうにはまたさ
らなる扉が続く。これは無限後退を示しているのだろうか。そんな疑問がうかんではきえる。いつし
か知らない道を歩いていた。未知なる道かとおかしくなる。戸外には暗い背景のなか雪が舞う。窓ガ
ラスに部屋の灯かりが映る。音なき世界はわたしをどこへ連れて行こうというのか。冬の夜は長い。

N3967雪の朝

「ヤバイ経済学」 スティーヴン・D・レヴィット スティーヴン・J・タブナー
                          望月衛訳 東洋経済新報社 ★★★★

世のなかに種々ある学問のなかでもうさんくさいな感じがする筆頭は経済学である。すべての理論は
すぎさった後に組み立てられているではないかと思えてならない。それが未来への予測として役に立
ったということはあまり聞いたことがない。世間の人もそんなものだろうと考えているのかもしれな
い。だから後理屈のそしりはまぬがれられない。そうした理論でお金持ちになったというのはケイン
ズぐらいか。もちろんお金の問題ではなく学問として考えているのだとの反論もできる。やたら数式
を物理学でもないのに使ったりして幻惑させようというのか。笑止千万と感じる方もいるのではない
か。だが本書はそうした経済学とはひと味ちがう趣がある。そもそも経済学とはなにか。
『経済学は突き詰めるとインセンティヴの学問だ。つまり、人は自分の欲しいものをどうやって手に
入れるか、とくに他の人も同じものが欲しいと思っているときにどうするか、それを考えるのが経済
学だ。経済学者はインセンティヴが好きである。』
つまりなにが人々を駆りたてるのか。そのなにとはインセンティヴだと経済学者はいう。成績があが
ってほめられた。それがうれしかった。となれば「ほめられること」がインセンティヴになる。なに
か別のモノやお金の場合もあるだろう。身近なところでは、日本の相撲を取りあげている。多くの日
本人はプロレス興行とそうちがってはいないと思っているのではないか。つまりは興行だし八百長も
あるだろうと。そういう世界のことを真面目に議論するのも変な話だ。だが相撲は國技だからそんな
ことはないという。いつから國技になったのか。実はそれは興行をおこなう場所が國技館と称される
ようになったからという笑い話のようなことなのだ。統計的に八百長は証明できると本書は書く。千
秋楽にみる7勝7敗の力士の勝率はどのぐらいかをみればわかることだ。勝ち越しと負け越しでは雲
泥の差がでる。すこぶるインセンティヴが働きやすい。そこで7勝7敗の力士と8勝6敗の対戦成績
を調べてみた。
『過去の対戦結果から見て、7勝7敗の力士が勝つ確率は半分をほんの少し下回る。これは納得がい
く。その場所の成績も8勝6敗の力士がやや優勢だと示している。ところが実際には、7勝7敗の力
士が8勝6敗の対戦相手に10番中ほとんど8番も勝っている。』
実際の勝率は79.6%であった。明快な結果がある。しかし、これはだれもがすうす感じていたこと
だ。他にもいろいろと興味深い事実を掘り起こしている。興味がある方は本書を読んでいただきたい。
なるほど、経済学って役に立つんだということが分かるはずである。

「江戸の下半身事情」 永井義男 祥伝社新書 ★★★★
江戸時代ということばのイメージといえば、国盗りの戦国時代を経ての天下泰平というあたりだろう
か。元禄文化、浮世絵、参勤交代などなどもうかんでくる。最近のそうでもないが、日本は性的に閉
鎖的、儒教的な国と思っていた。いや、思わされていたのかもしれない。だが本書を読んで、すこし
考えを改めなければと思う。江戸時代というか日本も性的に奔放なところがあったのだ。性は解放的
である、に限るのではないか。すくなくとも言論的、思考的には。ただ開けっ広げはプライバシーの
なさにつながる。イザベラ・バードもこれには閉口したようだ。「日本紀行」に書いている。
『しょっちゅう襖が音もなく開き、何対かの細長くて黒い目が隙間からじろじろ見るのです。それと
いうのも右側の部屋には日本の家族二組が、左側の部屋には五人の男性がいたからです。
 ……
部屋の一方でひとりの男が甲高い声でお経を唱えはじめたかと思うと、もう片方では少女がギターの
一種である三味線を鳴らしはじめたのです。宿じゅう話し声と水のはねる音にあふれ、外では太鼓を
打ち鳴らしています。通りからは数え切れない叫び声が聞こえ……。』
こうした日本家屋特有のプライバシーのなさは別のことにもつながっていく。筆者は考察する。
『あとで詳説するが、江戸時代は売春が驚くほど盛んだった。これは、住環境が劣悪だったことも大
いに関係しているのではなかろうか。男たちは、性の楽しみを外に求めたのではなかろうか……。』
また将軍や大名には側室がいたことは映画などでよく知られている。跡継ぎを確保するためである。
側室の子だからといって特別に差別されることもなかったようだ。ちなみに、江戸時代の十五人の将
軍のうち正室から生まれたのは三代の家光と十五代の慶喜だけで、他はすべて側室の子だ。庶民のあ
いだでは妾がある。その立場は似て非なるもの。妾は囲者ともいう。
『江戸時代、妾は女の職業だった。口入屋という職業斡旋所を通じて、富裕な商人などが年季と給金
を取り決め、雇った。きとんと、契約の証文も取り交わす。
 …
 世話焼きの婆さんが個人的に妾を紹介することもあったが、その場合でもきちんと証文を取り交わ
し、婆さんはちゃんと手数料を取った。女の側からすれば、「妾奉公」だった。』
世界で最古の職業は売春婦といわれるが、江戸時代は契約に基づく妾という職業が成立していた。そ
れも現代よりもすすんでいると思われる面もあるようだ。このように江戸時代の性風俗を読んでいる
と、一部キリスト教というかカソリックのがちがちの教義には違和感がでてくる。もちろん禁欲主義
を否定するものではない。だが禁欲はその裏返しの気持ちが隠れていたりするものだ。それゆえの弊
害もでてくるのではないかとも思う。読みながら、なるほどそういうことか、ああ勘違いしてたとい
うことが多々あった。事実は事実として受け入れるというのは実はむずかしい。自分では気づかない
うちにそこに価値観を付け加えて理解してしまう。映画の羅生門はその映像化だ。ではどれが正しい
のかというのは愚問である。すべてある意味正しい。だから問題は解決するのが困難なのだ。昨今の
慰安婦問題もそいうものを含んでいる。強制されたという側があれば、単なる売春婦ではないかとい
う見方もある。しかも高給取りだったとか。職業に貴賤はない、ともいわれる。


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

ものの考え方
原理主義ってなに。
常に原理・原則にしたがって行動をおこすこと。

教条主義とのちがいは。
ほとんどおなじだと思う。

そうなの。
ただ、教条主義のほうが現実をかえりみないというか否定的な言われかたをするな。

でも思考・行動の因として原理は必要ですよね。
それはそうだが、「ぶれない」を考えてみよう。

政治家がよくいうやつですね。
ぶれないのが善いか悪いかじゃないだろ。

どういうことですか。
まずは正しいか正しくないかだろ。

そりゃあそうです。
正しいとして、そこからぶれない。

そのとおり。
だが、その正しいが揺らいだときに、ただ正しいと主張するのでは議論にならない。

それは変ですね。
そこらへんの認識があいまいだね。

論点ずらし、高感度獲得競争ですか。
聞いているほうもつい騙される。

追求するときの論点ははっきりしてるのに立場が変わると忘れてしまう。
コントをみているようでつい笑ってしまう。

ヒトは忘れる動物だというけど、厚顔無恥ここに至れり。

N0154メジロ鳴く


ものの見方
結婚したほうがいいのかな。
そうだね。

結婚しなくても幸せになれるかな。
なれるんじゃない。

あのね、どっちのほうがいいの。
結婚はしてもいいし、しなくてもいい。

でもどちらかを選ばないといけないじゃない。
幸せと結婚はイコールではないでしょ。

そういわれればそうだけど。
結婚して幸せもしくは不幸せ、結婚しないで幸せか不幸せの組み合わせがある。

N0151メジロの食事

そうなのよね。
幸せは物質的なものではない。

たしかに気持ちの問題かも。
たとえばトイレ掃除を考える。

飛躍しますね。
汚いし嫌だなと思うか、きれいになったら気持ちいいなと考えるか。

同じことをしても感じ方がちがうんだ。
そう、つまりポジティブに捉えられるかネガティブに染まるか。

だったら、ポジティブでしょう。
そういことだ。

なにごともそう捉えられればいいのか。
仕事や労働もどうせやらなきゃならないなら、楽しく明るく前向きに。

労働もトレーニングだと思えばやる気がでるかな。
必ずしもそうはならない(笑)。




プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カレンダー

01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー