ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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潮溜まりで読書
旅の途中で海が見える休憩所に立ち寄った。そこから海岸へと降りていく小径があった。下ったとこ
ろからゴロゴロした岩場になっている。ころあいの岩に腰かけて海をながめる。潮に混じってすこし
海藻らしきにおいもする。引き潮らしく、あたりは潮溜まりがところどころにできていた。しばらく
本を読んだりお茶を飲んだりしていた。ふとピチャッと音がしたと思った。足元をのぞいてみると、
カニがそそくさと岩陰へと走っていく姿がみえた。潮溜まりのなかにはちいさな魚が泳いでいる。屈
みこんでじっとさらに観察する。砂地のなかに保護色をした魚が潜んでいたり、ちいさなエビがはね
ていたりする。この潮溜まりはこれらの生き物の宇宙だな。いろんな生物が共生している。それに比
べてヒトは進歩しているのかどうか。さらには自分自身のことにも思いは回帰する。立ちあがって沖
の方をながめたら白い浪がたっていた。陽炎のなかでゆれるタンカーの姿も見えかくれした。

N8699沖行くタンカー

「海馬 脳は疲れない」 池谷裕二 糸井重里 朝日出版社 ★★★★
脳といってもいろんな部位がある。大脳、小脳、脳下垂体などそれらはどんな役割をになっているの
だろうか。池谷さんはそのなかの海馬(かいば)についての研究に明け暮れているのだそうだ。糸井
氏から、頭がいいけど嫌いなやつのことは、ほんとはバカなんだと思っているという発言をうけてこ
う答えている。
『それはおもしろいです。「頭の良し悪し」の基準を「好き嫌い」だと考えるとすっきりしますし、
当たっている気がします。
 根拠もあるんです。脳の中で「好き嫌い」を扱うのは扁桃体というところでして、「この情報が要
るか要らないのか」の判断は海馬というところでなされています。
 海馬と扁桃体は隣り合っていてかなりの情報交換をしている。つまり、「好きなことならよく憶え
ている」「興味のあることをうまくやってのける」というのは、筋が通っているんですよ。感情的に
好きなものを、必要な情報だとみなすわけですから。(池谷)』
この海馬だが、起きている間だけではなく寝ているあいだにもすごく活動しているという。どういう
ことかというと、眠っているあいだには夢をつくりだしているのだそうだ。つまり情報の整理をして
いるということがわかってきた。睡眠は、きちんと整理整頓した情報を記憶するプロセスなのだ。こ
れはとても重要なことで、睡眠を強制的に奪われると幻覚を見る。このことは経験的に知られていた
のだろう。究極の拷問は眠らせないということで、そのせいで発狂に至ることもあったという。
『毎日のリズムを崩すことが海馬に非常に悪影響を与えることもわかってきました。時差ボケのよう
な状況に陥ると、ストレスで海馬の神経細胞が死んでしまうという実験結果が出たんです。(池谷)』
規則正しい生活というのは、そういう意味では理にかなっている。じゃあ、どういうふうにすると、
扁桃体や海馬、つまりは脳がよりはたらくようになるのかという疑問がわいている。
『脳をはたらかせる細かいコツは、たくさんあります。ブドウ糖を吸収したほうがいいとか、コーヒ
ーの香りが脳のはたらきを明晰にするということも言えます。あとはたとえば、前に言った「扁桃体
と海馬がお互いに関係し合っている」ということで言うと、扁桃体を活躍させると海馬も活躍します。
 扁桃体をいちばん活躍させる状況は、生命の危機状況です。だから、ちょっと部屋を寒くするとか、
お腹をちょっと空かせるという状態は、脳を余計に動かします。寒いのは、エサの欠乏する冬の到来
のサインですし、お腹を空かせるのは直に飢えにつながりますから。』
なにごとも過ぎたるは及ばざるが如しの心境でいくしかないですね(笑)。

「幕末下級武士の絵日記 その暮らしと住まいの風景を読む」 大岡敏昭 相模書房 ★★★
江戸時代の武士はどんな生活をしていたのか考えると、うかんでくるのはテレビや映画の時代劇の一
コマだったりする。どうもあれが真実かどうかは疑わしい。ことばだってよく聞いていると、現代に
しかないような単語や言い方だったりで信頼するには足りない。暮しぶりというようなことは、逆に
とりたてて文章に書き残すこともすくない。しかし、やはりなかにはそういうことを書き残す御仁が
いたのである。ああ、よかったと筆者も思ったのであろう。おまけに絵入りである。江戸から北に十
五里ほど離れた関東平野の一角に小さな忍藩(おしはん)十万石の城下町があった。そこに尾崎石城
という下級武士がおり、彼は「石城日記・全七冊」を残したのだ。江戸時代といえば、士農工商と厳
密に階級が決められていたようだが、実態はどうだったのかも気になる。また、武士の実生活、収入
はどうだったのか。藩の規模は石高であらわされる。たとえば加賀十万石とか。そのなかで下級武士
と呼ばれるのはどのようなひとたちなのか。こう解説されている。
『藩によって身分の仕組みが異なるが、概ねどの藩でも扶持取りの武士がそれに当てはまる。しかし
知行取りにしても、五十石未満では扶持取りとそう変わらない。たとえば石城は十人扶持であったが、
それは年収にして十八石である。一方知行取り三十石といっても、年貢率が六つ(割)とすると、実
収入は十八石ほどで石城と同じぐらいとなる。しかも収入はその年の米の出来高によっても変動する。
またわずか五~十石の知行取りも多くいるが、その石高では石城の収入より低い。したがって下級武
士とは、ほぼ五十石未満の知行取りと扶持取りをいうのが妥当であろう。』
中級武士で禄高百石前後、いまの年収にすれば約四百万円に相当する。ということは下級武士では百
万円をすこし上回る程度ということになる。しかし住まいは藩からの拝領であり賃貸料は払わなくて
もいい。で、なんとか家庭菜園などやりながら暮らしていたということであろうか。しかしこの日記
によるとその実態はすこしちがっている。
『石城は友人宅を毎日のように訪ねる。そこに彼らがいるということは友人たちもふだんの多くは家
にいたことになる。またそこには石城のほかに多くの下級武士、寺の和尚、町人たちも集まってくる。
下級武士の登城勤務は少なく、ふだんは友人たちとでさまざまな交流と催しが家でおこなわれていた
のである。』
本書を読んでいると、石城は友人宅や寺に行っては酒を飲む。そして酔っぱらってはしばしば泊まっ
ていく。そこには町人たちもまじっているのだ。江戸末期であるからかどうか、士農工商の厳格な区
別は市井の生活のなかではあまりなかったかのようだ。またそえられている絵がなかなかに興味深い
のである。


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

メダカの産卵
気温もあがってきて、メダカも動きとともに食欲も旺盛になってきた。
これからは産卵シーズンでもある。
自然環境の中だと成長できる数も少ない。
天敵も多いのだろう。

わが家では今年は産卵床を手作りしてみた。
材料は百均ショップの「セリア」で購入した。
たくさんできた(笑)。
この宇宙人の足のようなところにメダカが卵を産みつけるのである。

N9261産卵床

このちいさな粒が卵だ。
手でつまんだくらいでは壊れることはない。
かなりじょうぶなものなのだ。
おなじようにホテイアオイの根にも産みつけられている。

N9259メダカの卵

卵からから孵化するまでは250℃日といわれている。
つまり、気温が25℃×10日で孵化する。
20℃前後だと約二週間というところだろう。

卵をみつけると、別の容器に移す。
親メダカに食べられないように。
連休後半あたりには孵化した子メダカが見られるかもしれない。

連休の間にいろいろと世話する仕事ができた。
生命のたくましさとはかなさを同時に感じる瞬間でもある。

育てよ!


手編みのマフラー
もうずいぶんと前のこと。
まだ若かった。
二十代の半ばあたりだっただろうか。

旅先で知りあって、住所を伝えたら手紙をもらった。
もらうから返事を書く。
するとまた手紙がくる。
ザ・ガードマンにでていた川津祐介の奥さんによく似た美人だった。
わたしもそう思ったが、友人のほうがよりつよく主張していた。

手紙の字はきっちりとペン習字の手本のようだった。
彼女は社会人になっていたが、幼稚園の先生の資格をとるために通信教育をしているといっていた。
そのスクーリングで関西方面にでかけるということで大阪で会ったりした。

わたしが一月生まれだったので誕生日プレゼントに手編みのマフラーをいただいた。
すっきりとしゃれたデザインで気にいった。
ときどき首にも巻いていた。
こげ茶と白のコントラストが目立つ。

そんなあるとき、おっお揃いでなかなかいいな、といわれた。
えっ、そういう利点があるんだ。
いつのまにかカップルかあ。

にっこり笑っている顔がうかんできた。

N9174昔日の関大キャンパス


プレゼント選び
苦手だなあ。
どうしてですか。

だってなにを贈ればいいのかがわからないから。
なんでもいんじゃないですか。

それがまた困る、なにも思いつかない。
なにが欲しいのか、聞けばいいんじゃないですか。

なんだっていいわよと云われたらどうしたらいい。
だったら、ふだんの言動から想像するしかないですよね。

幼い頃からそういう習慣がない家庭で育ったからなあ。
そうなんですか。

プレゼントは映画やドラマのなかだけでのことだと思っていたもの。
そうなんだ。

自分には関係ないやってずっと思ってきたけど、そうはいかなくなってきた。
プレゼントもらったことないんですか。

それがあるんだよ、だから困る。
なにが困るんです。

だってお返しというか、しなきゃいけないだろ。
まあ、そうですね。

最初はそれも知らずずいぶん恥をかいてきたものだ。
大変でしたね。

だから、バレンタインデーなんて最悪だね。
でももらうでしょ。

欲しくないとあえて放言していたら、なくなってきてやれやれだ。

N9196沈丁花


ダム湖で読書
日本ではダムといえばほとんどが重力式コンクリートダムである。よくある形式だ。有名な黒部第四
ダムはアーチ式コンクリートダムだ。他にはロックフィルダムの御母衣ダムがわりあい知られている。
それはさておき、そのときなぜダム湖に来たのかいまではよく覚えていない。そろそろ暑くなりかけ
る季節だった。あたりは緑がしたたるような光景がひろがっていた。滲んできた汗にそよ風がこころ
よい。堰堤のうえから湖面をながめる。波紋がしずかにひろがっていく。こんなところまで来たんだ
と他人事のように思った。湖岸にあるベンチは木陰になっておりちょうど休憩するにはよかった。本
を読もうとして取り落とした。足元の芝生からはずれた土の部分を蟻が忙しそうに動きまわっていた。
アリとキリギリスの寓話が思いだされる。俺はキリギリスということになるのか。しばし考える。空
を見あげる。青い空には白い雲だ。うーんと唸って、くるりとベンチにひっくりかえり天を仰いだ。

8182千苅堰堤

「微生物が地球をつくった」 ポール・G・フォーコウスキー 松浦俊輔訳 青土社 ★★★★
この地球に最初にあらわれた生命体は微生物であるが、それが歴史上の認識となったのは最近のこと
なのだ。肉眼では見えないものだからそれもしかたがない。いまも地球上の生命体で多数を占めてい
るのはバクテリアたちだ。数量的にも重量でもである。熱水が噴出する海中などの環境中にも存在す
るという。そこから進化の枝がひろがっていったというわけだ。
『微生物は地球上で最古の自己複製する生物なのに、見つかったのは最後で、ほとんどの間知られて
いなかったというのは、たぶん、生物学の中でも大きな皮肉の一つだろう。微生物発見の歴史は、科
学史の多くの話と同じく、新しい技術の発明に基づいている。この場合は顕微鏡とDNA配列決定装
置である。この種の生物に目が向かなかったのは、主として私たちの観測にかかるバイアスによる―
―目に見えないものは無視してしまうものだ。』
もちろんヒトの体内にも微生物は存在している。大腸菌や乳酸菌などはよく知られている。ある意味
共生しているということだ。なかよく生きるというのは重要なことだと思う。
『微生物は陸上植物の登場より何十億年か前に太陽のエネルギーを通じて水を分解できる複雑なナノ
マシンを進化させていたが、それができる微生物が最初に登場したのがいつかについては、まだ非常
に不確かな構図しか得られていない。というと、いささか意外かもしれない。酸素を生み出せる光合
成をする微生物で残っている原核細胞生物のグループは、藍藻類(シアノバクテリア)だけだ。』
生物多様性などといわれるが、是非その考えを微生物にまで拡張してほしいと思う。すべては複雑に
入り組み構成されている地球の生命連鎖があるのだから。以下のようなことは現代の悩ましい問題な
のだが、世間の認識はまだまだそこまでいっていない。これからの世代がすこやかに生きれるように
と思うのだ。
『二〇世紀の半ばには、抗生物質を家畜に投与すると肉や乳の生産が増大することも発見された。ア
メリア合衆国で消費される全抗生物質のうち約八〇パーセントは、人間の健康のためではなく、家畜
による生産のために用いられている。実は、今やとくに畜産業でいろいろな抗生物質が用いられてい
るので、多くの微生物が普通の抗生物質には免疫になってしまっている――そうしてまた人間を死に
至らしめるべく反抗しつつある。』
薬はとくにそうだが、毒と薬は紙一重ということをもっと真剣に考えるべきだ。なにご
とも裏と表があると考えるべきで、すべてがいいということはない。それを忘れるといつかしっぺ返
しがやってくるのだが、それを含めて生きるということなのだろう。原発反対もそこらあたりの感覚
が欠けているようでなんとも頼りない。

「だりあ荘」 井上荒野 文藝春秋 ★★★★
ペンション「だりあ荘」を営んでいた両親が車の事故で死んだ。カゴを編むための山葡萄の蔓を採り
に出かけてのことだった。二人一緒に峠の難所から車で落ちた。慣れた道だったはずなのだが。夫婦
には一緒に暮らしていた姉の椿と、迅人(はやと)と結婚して東京住まいの妹の杏がいた。「だりあ
荘」は一年の休業の後、妹夫婦が継ぐことになった。両親は東京のマンションを売って、この山奥の
ペンションを買っていたので、ここが実家でもある。隣のペンションが売りにだされとき買って住ま
いとしていたので椿はそのままそこに住むことになった。迅人はいわゆるエリート社員だったのだが、
指圧師になるためあっさりと会社を辞めた。同じ会社にいた杏も後を追い、ふたりは付き合いをはじ
めて結婚したのだった。迅人は治療院を構えず呼ばれた場所へ治療しに行くかたちだったので引っ越
しにもすんなり同意した。杏夫婦にはこどもはできなかった。杏が不妊症であるらしかった。だから
子犬を飼うことになったときには、この子犬が夫婦のきずなを強くするとも思えた。椿にはお見合い
をしてつきあっている新渡戸さんという男性がいた。椿のことは、みんなが美人だとほめた。だが、
ふたりは結婚する気配もなくいつまでもつきあっているのだった。ペンションは順調に経営を続けた。
そこでバイトの青年を雇うことにした。翼、二十四歳。一人旅をしているという。バイトしながらと
いうことでどんな仕事でもそつなくこなした。こうして「だりあ荘」では男女四人の生活がはじまる。
じつは椿と迅人は東京で会ったときから一線を越えていたのだ。そのふたりが同じペンションで暮ら
しはじめる。杏の目を盗んでは密会を重ねていた。もちろん、杏もなにも気がつかないわけがない。
しかし、疑念は抑えこまれていた。椿は不安であった。妹に知られたらどうしようか。だが、迅人の
誘いを断ることができなかった。こういうことはたいてい当事者以外に知られている。だが、確たる
証拠はないというだけだ。そして言わないながらも翼もうすうす感づいているのではないかと思われ
る。それが椿には苦しい。杏もなにかおかしいと思うときがあるが、なにもないと信じた。思い過ご
しなんだと。あるとき母親の同級生だった夫婦が泊まっていた。そのご主人が言った。
『「この姉妹は足して二で割るべきだな」
 とご主人が感想を述べて、再び笑い声が起きた。
 そのとき椿はぞっとした。この世界で自分は一人きりだ、と感じたのだ。もっとも、そんなふうな
孤独を感じるのははじめてではなかった。ぞっとしたのは、同じ孤独を、同じ深さで、杏も感じてい
るに違いない、と突然気づいたからだった。』
井上さんは不倫とかという問題を書いているのではない、と思う。生きるにともなっていろんなこと
が起きるだろう。こういうことは当たり前には世間にないかもしれない。だがあることも確かである。
生きるとはこういったことすべてを潜り抜けていかなくてはならない。否、対峙することもある。人
はときどき動物の世界などに倫理的な理想世界を描こうとする。だが動物界には不倫という概念はな
いと知る。つまり結婚というものもない。あるのはどうすれば子孫を残せるか、ということだけ。不
倫、それは人のみがつくりあげたものなのだろう。だからといって、不倫を奨励しているわけではあ
りませんよ(笑)。人類学的な関心があるだけです、とでも言うべきか。


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ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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