ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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疑うヒト
人を疑うことってありますか。
あまりないよ。

疑り深い人っていやですね。
そうなの。

疑うってよくないことですものね。
そうとはいちがいに言えないと思う。

どうしてですか。
ものごとは懐疑からはじまるのじゃないかな。

つまり、どういうことですか。
あることが正しいか正しくないかを考える。

そうです。
これは疑っているとはいえないか。

疑っているのかもしれません。
どちらかに判断をくだすということはどういうことになる。

片方がまちがっている。
では一方が正しいかどうか、つまり疑う。

そういわれればそうですけど。
そうやって正しいと思うことに近づけるわけだ。

そうなのかな。
逆に疑うことを知らないとするとどうなる。

騙されるし危険かもしれないです。
だろう、疑うことは悪いことじゃない。

でも疑うってしたくないな。
だからといって疑うことをやめる理由にはならない。

そうだけど。
だれでもしらずしらず疑っているもの。

ほんとうですか。
ほら疑っている。

ほんとだ。

N0864混みあうメダカ


月夜に読書
月をながめていると、かぐや姫というお伽噺がうかぶ。かなたの惑星にもヒトに似た生物が棲んでい
るのだろうか。棲んでいるとしてもヒトのような形態はしていないだろうな。もちろんタコのように
描かれた火星人ともちがうだろう。もしかしたらヒトの眼では捉えられないようなものかも。などと
考えるというか夢想しているといつしか夜も更けてくる。宮沢賢治の童話に「よだかの星」というの
がある。よだかは実にみにくい鳥だというのだ。名前がまぎらわしいので市蔵に変えろと鷹に迫られ
る。どうすればいいのだろうか。もう死んでしまおうか。最後にと思って弟のカワセミに会いにゆく。
弟が色鮮やかなカワセミとは皮肉である。異母兄弟なのだろうか。まあ寓話だからしかたがない。夜
空のどこかによだかの星があるのだろうか、と探したりしてみた。星になるということはそういうこ
とではないんだろうな。よだかの星はやさしい人のこころ奥深き空間でまたたいているのだろうか。

9412クレマチス

「広辞苑の嘘」谷沢永一・渡部昇一 光文社 ★★★★
谷沢氏の発言はここちよい。批判の舌鋒は鋭い。容赦や遠慮はない。反論はいつでも受けて立つ。だ
が悲しいかな反論するものがいない。いや、できないのだろう。図星だからか。議論は慮っていては
成り立たない。議論のなかで自分がまちがっているとわかれば非を認めればいい。中途半端な知識人、
ジャーナリストはそれができない。プライドが許さないとかわけがわからないことをいう。そんなも
のプライドでもなんでもない。逆にプライドがあるなら素直に認める。自己の向上はそのようにして
なされるのではないか。まちがったことのない人など存在しないのだから。こう宣言している。
『本書は全国の読書人の皆さんに、仮面を被った『広辞苑』の正体を改めて知っていただくための御
案内である。編集能力の問題ではない。頭から読者を嘗めてかかっている姿勢が問われるべきである。
固定観念にへたりこんで資料を調べもせず、読者を軽蔑して反りかえっているのを、私どもは以下に
煌々と暴露するつもりである。     平成十三年九月五日     谷沢永一 』
なかなか勇ましい。そもそも学者やジャーナリストなどが文章を書くにあたってあたる辞書が一冊で
あるわけがない。わたしはそう理解していた。しかし、世のなかの状況はそうではないらしい。なぜ
なら「広辞苑によると」という文言をよく目にする。当然、他の辞書もあたっての上でのことだと思
っていた。だがそうではないらしいと気がついた。広辞苑が権威なのだ。それもなんの根拠も実績も
ない。しかも国文学者までもが。まあ新聞記者が書く程度のものはしかたがない。時間との勝負とい
うような事情があるだろうし。なにもそこまでは考えていないだろうから。だから広辞苑によるとと
書いてあると、ああ流れ作業的にやっているんだろうなと反射的に思う。だが、エッセイストという
ほどの人であればそれでは恥ずかしい。まあ、どのような嘘がの実例は本書を読んでいただきたい。
けっこう笑えるのである。嘘というより思想教育、洗脳というほうが近いかもしれない。意図的に書
かないでほうかむりともいえる。それは読者が判断することである。ただ、渡部氏のこの文章はなか
なかに興味をひかれた。「広辞苑と朝日新聞は実は右翼である」 なかなか煽情的な見出しだ。「隷
従への道」というハイエクの名著がある。知ってはいますが未読です。彼は元来オーストリアで名を
成し、ロンドンで教えていた。当時はヒトラーに追われてロンドンへきた連中も多くいた。しかし、
ヒトラーに追われてきたからヒトラーの反対を言っているのではない。思想の根は同じだとハイエク
は喝破する。同じく全体主義なんだと言うわけです。
『だから、右翼も左翼も同じ、これが現実を透察するキーなのです。たとえばムッソリーニを見れば
分かるように彼は極左です。同じくヒットラーは社会主義運動家でした。これを言うと左翼系の人た
ちは嫌な顔をします。とくに朝日新聞の人たちに言うと、それは嫌な表情で、聞かなかったふりまで
します。きっと図星なのでしょう。』
攻撃的な政治家などはレッテル貼りが得意です。なぜか、それは効果があるからです。一般の素朴な
人たちはそれでなんとなくわかった気分になるからです。まあ、ときどきブーメラン現象が起きてい
るようですが。こころしないといけないと常々思うのですが、忘れやすいのも事実なのです。ヒトは
易き省エネ思考に傾きやすい生物でもありますから。

「ことばの起源 猿の毛づくろい、人のゴシップ」ロビン・ダンバー
                       松浦俊輔・服部清美訳 青土社 ★★★★

ヒトはことばを持つ。ではどうして言葉を獲得するに至ったのか。これまでにいろんな説が提出され
た。だが、集団で社会を形成して生活することがおおきな要因だと筆者は指摘するのだ。集団を維持
していくにはコミュニケーションが大切である。そのためにも仲間のことをよく知っておかなければ
ならない。その手段としてのことばが必要になった。つまりゴシップを話すためにことばが発達した。
いままでいわれていたように意思疎通とか思考の道具とかはあとからついてきたものだ。まずはゴシ
ップ、噂話をするためにことばが必要だったのだ、というのだ。なかなかおもしろい説だと思う。
『従来の見解によると、言語は、共同の狩猟などの行為を男性がより効果的に行えるために進化した。
これは言語に関して、「湖のほとりに野牛の群れがいる」的な見方をしている。これに代わる見解は、
言語は、超自然的存在や種族の起源に関する壮大な物語を、伝えあうことができるようにするために
進化したというものだ。私が提唱する仮説は、公式または非公式に、人類学から言語学および古生物
学までの学問分野のあるゆる人の思考を支配してきた、このような考え方とはまったく正反対だ。簡
単に言えば、言語は、我々にうわさ話をさせるために進化したのだと、提唱するのである。』
実際に人びとの会話を調査してみると、約六〇~70パーセントが社交的な話題に費やされているこ
とがわかっている。そしてゴシップが可能にしてくれるうちで最も重要なことがらの一つは、絶えず
他人の評判と自分自身の評判を知っておくこと。そして、もちろん影響を与えることだろうと結論づ
けられているのだ。サルはグルーミングでコミュニケーションをはかる。ヒトはゴシップ(噂話)が
グルーミングの役を果たしているということになる。
『毛づくろいは、猿の時間を大幅に占めている。社会的傾向の大きい種のほとんどにおいて、他の個
体を毛づくろいすることが、一頭の動物の一日のおよそ一〇パーセントを占めている。ところが、い
くつかの種では、その動物の二〇パーセントもの時間を占めることもある。これは、どう見ても食物
探しが最も時間のかかる行為であることを考えると、途方もない時間を費やしていることになる。』
もちろん言語と脳は密接な関係にある。脳の発達なくしてことばの誕生はなかっただろう。それに、
脳はどのぐらい重要な器官かはヒトのエネルギー消費からもわかる。
『人の脳は体重のわずか二パーセントを占めるにすぎないが、食事から得られる全エネルギーの二〇
パーセントを消費している。言いかえれば、同じ体重で考えた場合、脳は働き続けるために、体の残
りの部分の一〇倍のエネルギーを使うのである。この状況は、脳が単に普通の働きをしているのでは
なくて活発に成長している幼い子供たちでは、さらに極端になる。』
この説からいえば、なぜ現代人が異様におもえるほど芸能人や他人のうわさ話が好きなのか。その答
えがここにある。ゴシップが好きなのはヒトの進化ゆえなのだ。


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

友だち以上恋人未満
そんな歌詞の曲ありましたね。
そういわれたら聞いたことあるかな。

いまだにそんなこと言う人います。
意味わかっているのかな。

どういうことですか。
友だち以上で恋人未満、つまりはともだちだってことだろ。

それじゃあ身も蓋もないです。
だけど、以上と未満の誤用は多い。

いつも迷う人がいますから。
千円以上と千円未満のちがいがわかっていない。

以は含む、未は含まないですよね。
まだ新鮮なメタファだったんだろうな。

ことばはいつか陳腐化しますから。
それだけ使われたということでもあるんだけど。

でも切ない感じがするなあ。
マジで。

そうですよ。
未練たらしい奴、もしくは優柔不断な人だと思う。

厳しいお言葉ですね。
ともだちか恋人かわからない領域にいるってことか。

そうですよ迷っているんですよ。
コミュニケーションが苦手な人なんだ。
そうですかね。

9415ミニバラ

ロリコン以上熟女未満はどう。
意味不明です。

じゃあ、ほろ酔い以上泥酔未満なんてのはどうだ。
うーん、いまいち。


悩み多きヒト
ロダンの考える人ってあるだろ。
有名な作品です。

考えると悩むは似ているよね。
悩み考えると言いたいんですか。

いやそうじゃなくて、悩むってことは考えていないんだと。
うーん、なかなかの洞察ですね。

考えているなら悩んでいるヒマないよな。
そうかなあ。

悩むは考えているよというポーズのようだ。
なるほど。

悩むは迷うのほうが近いだろ。
こっちかあっちか決めかねる。

考えるは決断をうながす。
でも考えが決まらない場合だってあるでしょ。

それは考えがではなく、迷いが消えていない段階になるだろうな。
考えているつもりになっている。

そうなんだよ、まあ自己満足というか自己欺瞞、自己暗示でもある。
自分をも欺いて考えているんだからと納得させようとしている。

でもうすうすは感じているんだ。
そうかな。

考えてなんとかなる問題とならない問題がある。
そういうことなの。

だから、悩むというのは解がない問題を解こうとするようなものだ。
ふーん。

悩み尽きることなし。

9401葉に虫


ふれあうヒト
ふれあうことってなんか効用があるんですか。
イヌやネコなんかで経験したことないかな。

どんなことですか、ちょっと苦手で。
なでられてると気持ちよさそうにしてるだろ。

ああ、見たことあります。
赤ちゃんもだっこされているほうが機嫌がいいよな。

なぜなんでしょうね。
ふれあうことでオキシトシンというホルモンが分泌されるんだ。

どちらになんですか。
もちろん双方にだよ。

どんな作用があるんです。
幸せホルモンとも呼ばれているね。

幸せな気分になるんだ。
ハグするとか手をつなぐとかでもいい。

9404バラと昆虫

最近わかったことなんですか。
以前からそういうことかなってことはわかっていたんだ。

どういうことです。
冷たい金属とやわらかな毛布だとどっちに触れていたいかな。

それはやわらかい方です。
やわらかい方だと長く触れていたい、つまりオキシトシンがでて落ち着くんだ。

ふれあいって大事なんだ。
しかしくれぐれもセクハラと言われないように。

そうですね忘れないようにしないと。




プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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